LGBTなど性的少数者に関して差別発言を行った荒井勝喜首相秘書官が更迭されました。オフレコかどうかを問わず、公務員として絶対にあってはならない発言であり、岸田首相が即座に更迭を決定したことは、素直に評価してよいと思います。

2022年12月の、参院消費者問題特別委員会。岸田首相の向かって左側、挙げた手の後ろにいるのが荒木勝喜首相秘書官。写真:つのだよしお/アフロ

しかしながら世論の一部には、「LGBTに対する秘書官の発言も多様性のひとつである」といったトンデモ意見があるようです。当然のことながら、それはあり得ないのですが、発言が自由な民主社会において「差別してもよい」という意見が許されないのはなぜでしょうか。

 

荒井氏は2023年2月3日、LGBTや同性婚カップルをめぐり、首相官邸で記者団に対し「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」「秘書官も皆、反対だ」「認めたら、日本を捨てる人も出てくる」と滅茶苦茶な発言を行いました。当然ですが、このような発言が許容されるはずはなく、岸田氏は「政権の方針とは全く相いれず言語道断だ」と述べ、即座に更迭を決めました。

この発言は報道を前提としない非公式のやり取り(いわゆるオフレコ取材)の中で出てきたもので、一部からはオフレコ破りをしたメディアを批判する声が上がっているようですが、その批判にはまったく正当性がありません。

そもそもオフレコというのは、発言者(政治家や公務員など)と取材者の個人的な取り決めに過ぎません。もしオフレコを破れば、その発言者は二度と取材に応じてくれなくなる可能性が高いわけですが、メディアというのは発言者のために働いているわけではありません。

商業メディアである以上、顧客は読者(テレビの場合は視聴者)であり、読者や視聴者(あるいは公共の利益)の立場に立って、必要な情報と判断すれば、たとえオフレコだったとしても報道するのがこの世界の常識です。また、政治家や公務員は、自身がライバルより有利に振る舞うために、メディアを通じて情報を発信する必要性に迫られます(情報発信力がない政治家は力を持てません)。

むしろメディアと接触したがっているのは政治家の方なので、メディアがオフレコ破りをしたからといって、二度と取材を受けないということは基本的にあり得ません。仮に政治家どうしがそのような取り決めをして、取材を拒否しても、誰かが必ず抜け駆けして、自分だけが情報発信して影響力を高めようとしますから、協定はうまくいかないのです。

相応の立場にある政治家や公務員は、こうしたオフレコのルールを知っているはずであり、荒井氏がそれを知らなかったのだとすると首相秘書官としてはまったくもって不適格といってよいでしょう。一方、ルールを知った上であの発言を行ったのであれば、やはり不適格であり、結局のところ逃げようがありません。

 
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