平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
第9話 丑三つ時に来る
職場の飲み会に参加したのはじつに6年ぶりのことだった。コロナ禍ということもあったが、妻の美琴を亡くしてから、息子の翔平が待つ家に急いで帰るのが日課だったから。
そんな翔平もこの春から大学生。「今日の夜は部活のみんなでファミレスで食べることになってるから! カラオケも行くし、遅くなる」と言われて、こちらもそれならばとチームメンバーの送別会に参加の返事をした。
45歳になり、いつのまにか部下も増えてきた。久しぶりの飲みの席で、20代の新人たちの話を新鮮に思い、聞き入っていると話は思わぬ方向になる。
「虫の知らせ、ってあるんですよ、本当に」
4月からの転勤が決まった部下の橋本が、「送別会ハイ」もあるのだろう、サワーで滑らかになった口調のままに、真剣な表情で身を乗り出す。
「先月、故郷のばあちゃんの葬式で忌引きを取らせていただいたじゃないですか。じつは……ばあちゃんが旅立つ夜、僕のとこに来たんです」
「ええ!? だって橋本の田舎って会津若松でしょ? おばあちゃんが東京に? ひとりで?」
チームメンバーの言葉に、橋本はぶんぶんと首を振る。
「違いますって。ばあちゃんは老人ホームに入っていて、コロナのせいで2年も会えてなかったんです。そしたら亡くなる前の日、僕が部屋で寝てたら、ばあちゃんがすうって玄関から入ってきたんですよ! まあ、夢だろって言われりゃその通りなんですけどね。
僕、『ばあちゃん?』て寝ぼけてきいたら、『あんた、仕事が忙しいからって不摂生したらいかん、体を大事にしなけりゃ』ってぎゅうぎゅう抱きしめてきて。僕、初孫だったし、最後まで心配かけてたのかなあって……。そこではっと目が覚めて、時計をみたら丑三つ時でした。電話しようかなって一瞬迷ったけど、夜中だし、明日にしようって思ったら……」
涙ぐむ橋本に釣られ、周囲も声を詰まらせる。
「そんなことってあるんだねえ。おばあちゃん、よっぽど橋本に会いたかったんだろうね」
僕はその話にどうコメントをしていいの見当がつかず、ぬるくなったビールをぐいっと流し込んだ。橋本は僕がとくに目をかけている部下だったから、「そうだそうだ」と同調してやるべきだろう。少々頼りないところがあるものの、くだらない嘘をついて人の気をひくようなやつじゃないのも分かっている。それでも、僕は曖昧な表情でビールを飲み続けることしかできなかった。
そんなことが、あるもんか。あってたまるか。
もしそんなことが本当に可能ならば……。
僕は6年前の冬を思い出していた。
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