「ここより下はコスパが悪い」夫の爆弾発言
ご夫妻のお子さんは、最上位クラスではなかったと言います。それでもキープするために、妻の美佳さんが教材を整理したり、計画を立てたりさまざまな努力があったそうです。
お話を伺っていると、現代の中学受験は程度の差こそあれ、大人による「テコ入れ」が一般的になり、親の負担も相当になっているように感じました。それでも自分が言い出したこと。美佳さんと息子さんはコツコツ取り組んでいたと言います。
「ところがある日、志望校を塾に提出するときに、普段はあまり興味を示さない夫が偏差値表と志望校リストを見比べて『目標が最難関校っていうからまだいいかと思ったけど、併願校のレベル、下がってきてるよね? このまま中学受験商戦に踊らされて私立ならどこでもいい、って感覚がずれるといけないから、今偏差値表にマーカー引いてよ。そこより下には行きませんて、決めて』と言い出して。
このセリフが、中学受験生に伴走したことのある方ならいかに地雷かわかっていただけるかなと思うのですが……。号泣しました。夫の言いたいことは分かってるんです。ほとんど受験のためにお金をかけないで、私が苦労して入った大学に推薦で合格した彼にとって、自分の大学にも行けなそうな中学に大金をかけて今入れる意味って何? ってことですよね。コスパが悪いって言いたいんです」
そのときのことを思い出したのか、美佳さんの頬は紅潮し、怒りと落胆が錯綜しているようでした。中学受験をコストパフォーマンスで考えていない美佳さん。良い環境があるならばそれを求めて挑戦すべき、お金のことは親がなんとかするべき、と考えている彼女にとって夫の言葉はショックだったのでしょう。正勝さんの言葉は客観的に一理あり、まさに視点の違いなのですが、美佳さんにとって「共闘すべきチーム内」からは絶対聞きたくない声だったはずです。
教育、住居、お金の価値観の相違はしばしば離婚の原因になります。それはこれらが育った環境に深く根ざし、変更するのは容易ではないから。それほど譲るのが難しい問題です。
お2人のお子さんは、その後第三志望に合格。それは正勝さんの言う「コスパボーダー」の下の学校でした。しかし、その結果が出る前から、お子さんが6年生の後期に正勝さんに変化があったと美佳さん。
「天王山と呼ばれる受験生の夏休みは過酷です。朝から晩まで塾に通い、家に帰っても勉強。土日もありません。その様子を見た彼は、自分の主張をいったん引っ込め、夏期講習代も文句の一つも言わず出してくれました。私がイライラしているときは息子との間に入ってくれて、暴走しがちな私を諫めてもくれました。柔軟性、許容性があったのは、圧倒的に彼のほうだったんです。それこそが彼が言うところの『自分と違う意見を受け入れる力』でした」
美佳さんは、この取材中で初めて、屈託のない笑顔でそう語りました。
お2人が向き合っていたのは、教育の問題だけではなく、どの夫婦もぶつかる価値観の違いから起こる問題だったと思います。
ご夫妻に「2番目のお子さんは中学受験をさせますか?」と追加で質問したところ、美佳さんは「本人が希望する限り、全力でサポートします!」と言い、正勝さんは「公立、そんな悪いもんじゃないんですよ、結構いいとこ、あるんですからね」とのこと。まだ一致しているわけではなさそうです。
きっと再びお2人は衝突し、その都度ベストだと思う選択をしていくのでしょう。
まだまだ先の長い教育問題。「人生、塞翁が馬」という言葉が頭をよぎりました。きっと正解がないぶん複雑ですが、大事なのは選んだ場所でどのように過ごすのか、ということなんだろうと感じさせる取材でした。
ご夫妻のお子さんが、どの学校に進学するとしても、楽しく実りある学校生活を送れることを心から祈ります。
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
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