大金を捨ててまでも追い出したかった


バウアー選手の324試合出場停止という処分は、その後、バウアーの異議申し立てにより194試合に軽減されました。これによって彼は、今シーズンから試合に出場することが可能となりました。そこで「間もなく球場で皆さんと会えることを楽しみにしている」とSNS投稿したバウアー選手だったのですが……、どうやらそんなに甘くないのがアメリカという国のようです。

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バウアーはドジャースに所属する選手でしたが、処分が明けた1月、ドジャースは彼を放出する決断をします。まあいわくつきの選手だしそうするかもね……、と思われるかもしれません。しかしこの放出は、そんなに生易しい話ではないのです。というのもドジャースは、バウアー選手が規定違反を犯した2021年に、彼と3年の契約を結んだばかりでした。その額、何と1億200万ドル。日本円にして約137億円です。そして契約解除をした今年1月段階で、まだ1年の契約期間を残していました。つまりドジャースは、その1年分の年俸をドブに捨てたということなのです!

それだけではありません。このようにバウアーの今シーズンの年俸は既にドジャースから払われていますから、新たに獲得する球団は、彼に最低保証年俸だけ支払えば良いということになります。それがメジャーリーグの場合は72万ドル、約9700万円です。まさに格安! ゆえにこれが日本なら、いわくつきとは言っても獲得すれば大活躍が見込める選手ですから、すぐ様どこかの球団が拾うことでしょう。前例もあります。実際、2021年にチームメイトに暴行を働き無期限の出場停止処分をくらった中田翔選手は、その数日後には巨人への移籍が決まり、まるで何もなかったかのように活躍していました。

しかしアメリカは違った。何とたった1つの球団もバウアーの獲得に手を挙げなかったのです。差別や虐待にめちゃくちゃ厳しいアメリカにおいて、うっかり破格だからとそんな選手を獲ろうものなら、「もう二度と試合を観に行かない!」とファンからブーイングを受け大損失を生むリスクのほうがおそらく高いから。それだけに某アメリカのスポーツ記者は、今回のDeNAのバウアー獲得を「国外追放に成功!」と書いているほど。それを日本が拾うとは……。

 

アメリカと日本の性暴力に対する社会許容度の違い


これがバウアー来日の詳しい背景です。が、今回私がこの記事でもっとも伝えたかったのは、彼の素行の是非ではありません。「社会における性的暴行への許容度」についてです。

ここまで読んでいただくと分かるように、バウアー選手は裁判で有罪とはなっていません。つまり、法的には無罪ということです。それがDeNAが「バウアー獲得問題ナシ」とした最大の要素ですし、おそらく野球好きでなくとも「有罪でないならその判断は当然かも」と思った人が多いことでしょう。その証にネット上の口コミは、「今シーズンが楽しみ」とか「DeNA反則、うらやましい」とか、バウアー獲得を大喜びするコメントがほとんど。彼の疑惑は完全にお目こぼしとなっています。

女性としてファンとして、私が感じる葛藤


性暴力というのは、裁判で証明するのがもっとも難しい事件の一つかもしれません。密室での出来事となることが多いだけに目撃者がいないし、女性は特に怖くて抵抗できなければ「同意した」とみなされることも多い。何より、訴えることで被害者のほうが周囲から心ない言葉をかけられる、セカンドレイプ被害に遭うことも少なくありません。「有罪判決」だけをもってして今ある性暴力の撲滅を目指していくのは、あまりにもハードルが高いと言えるでしょう。

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だからこそ鍵となってくるのが社会の性暴力に対する許容度だ――、少なくともアメリカ社会はそう考えているのではないか。私はアメリカ球界のバウアー選手追い出し騒動を見ていて、そう強く感じたのです。そして同時に、日本と日本球界の性暴力に対する許容度はこの程度だ、という現実を突きつけられた出来事でもありました。

バウアー選手は裁判では確かに有罪にはなっていませんが、ならば「ようこそ日本へ!」と手放しで歓迎していいのか。彼を獲得したDeNAという球団を無邪気に応援していいのか。そして、日本社会はそれでいいのか……。ワールドベースボールクラシックの盛り上がりに水を差すようで恐縮ですが、女性の一野球ファンとして、そんな葛藤を感じてしまいます。


取材・文/山本奈緒子
構成/坂口彩
 

 

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