今の時代のアイドルに託される希望や使命とは


小島:アイドル界への今の時代の希望として、ハンさんは在日コリアンというアイデンティティをオープンにしてデビューするアイドルがもっと増えてほしいとおっしゃっていますよね。

ハン:YGに所属するTREASUREに在日コリアンのメンバーがいるそうですが、とくに日本では、公表していない人もたくさんいるような気がします。かつて韓国には、LADY'S CODEという女性グループにクォン・リセさんという在日コリアンのメンバーがいて活躍していましたが、日韓のはざまでヘイトにも苦しめられました。残念ながら他のメンバーとともに移動中の交通事故で亡くなり、グループも解散してしまいましたが。日本でデビュー時から在日コリアンであるという出自を公表して人気を博していたおそらくほぼ唯一のアイドルは、今は俳優として活躍するソニンさんですね。

小島:韓国の芸能プロダクションと日本の音楽会社の合同プロジェクトから生まれたNiziUのように、いわばローカライゼーションされたK-POPアイドルが誕生していますよね。そんな中、今後日本で在日コリアンとしてデビューしたアイドルやメンバーが活躍することの意義は大きいと思いますか?

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TREASUREにはさまざまなルーツのメンバーが。写真:アフロ

ハン:小さくはないと思います。でも、それこそ一人のアイドルにそんな使命を背負わせるのは違うとも思っています。アイドルに限らずいろんな業界で在日の人が普通に存在するべきなんじゃないかと。例えば小島さんのように元局アナで、さらにその後、エッセイストやタレントとして活躍の場を広げるような立場の人がいてもいい。局アナを見ても、ミックスルーツの人はチラホラいますが、名前だけで在日だと分かる人っていないんです。見た目だけで見分けがつかないだけに、名前の意味が大きくなってくるんですよね。

小島:名前と顔が画面に映る仕事では記者など、放送局に在日コリアンの社員はいるのですが、アナウンサーで活躍している方は確かに極めて稀ですね。

 

ハン:新聞記者とかテレビ業界で裏方として働く在日の友だちはいる。けれど、局の看板であるアナウンサーに選ばれることの意味は大きいのではないか。アイドルもそうだけど、可視化されることの意義ですよね。ジェンダー平等への取り組みは進んでいますが、多様性確保という意味で、もう少しエスニシティ(民族)への目配りも欲しいところです。

例えば朝の連続テレビ小説も、時には在日一世の女の人の物語でもいいわけじゃないですか。昨年はApple TV+が1億ドル以上の製作費を投じて『PACHINKO』というドラマを制作し、全世界に配信しました。原作はコリアン系アメリカ人女性作家による全米でベストセラーになった小説で、日本統治下の朝鮮で生まれ日本にわたった女性から始まる4世代にわたる家族の物語です。でもこれって、本来は日本で作られるべき作品だったとも思うんですよ。昨秋に行われたシンポジウムでも色々と話しましたが、大河ドラマの主人公や登場人物の誰かが在日コリアンという作品が生まれてもいいわけです。日本がかつて帝国だったことによって生まれた在日コリアンの歴史は、「日本の歴史」の一部ですからね……。だからこそ見たくないというのもあるのかもしれないですが。まあアイドルだけの問題でなく、メディア全体の体質が変わっていないというか。2023 年にこんなことを言わなきゃいけないなんて……と、個人的に思うところはたくさんあります。でもそれは社会の反映でもありますからね。

小島:イギリスの公共放送BBCの「50:50(フィフティーフィフティー)プロジェクト」は、最初は男性ばかりだった画面のジェンダー比率を均等にする目標からスタートしましたが、それはすでに達成し、今は人種・民族や障害などの多様性を画面に反映する取り組みが行われています。オーストラリアの公共放送ABCも同プロジェクトに参加し、アジア系や先住民にルーツのある人、障害のある人など画面の中の多様性が増している印象です。日本のメディアではNHKが同プロジェクトに参加して、ジェンダーバランスの50:50を目指して出演者の男女比の把握と均衡化にようやく意識的に取り組み始めた段階です。加えて、エスニシティや障害などの多様性の反映にも取り組む必要がありますよね。他の放送局やメディアでも取り組みを進めてほしい。

ハン:繰り返しになりますが、在日コリアンは見た目で区別がつかないので、名前が出ることが大事かな、と。もちろん、名乗りを無理強いする必要はないけれど、様々なところに在日コリアンはもちろん、様々なルーツや背景、属性を持つ人がいることが当たり前になればいいねっていう、言ってしまえばそれだけのことです。ただアイドルやアナウンサーは、メディアを通じて多くの人に見られるし、社会的なメッセージの伝達者にもなりうるわけで、象徴的な意味が大きい。マイノリティの子どもたちにとって不可欠なロールモデルになりうるし、その存在の意味はとくに大きいと思います。だから私も、講演や取材に呼ばれたらできるだけ行かざるをえないというスタンスなんですよ。もちろん今日もです。まあ私なんて微力も微力、ですが(笑)。

第二回はここまで。最終回の次回は、アイドルの推し活と倫理観についてです。


撮影/市谷明美
取材・文/浅原聡
構成/坂口彩
 

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