BTS現象で韓国が脚光を浴びても、在日コリアンとしては疎外感も


小島慶子さん(以下、小島): 私の周りでは、大学生のお子さんがBTSをきっかけに韓国語を勉強し始めたとか、韓国に留学したという話をよく聞きます。以前から若い世代ではK-POPを通じて韓国に対して親近感や憧れを抱いている人も多いですが、BTSが世界的な人気となって以降は特に裾野が広がり、メディアでも韓国エンタメのニュースがたくさん報じられています。ここ数年の日本での盛り上がりを見て、在日コリアンであるハンさんはどんな感想をお持ちですか?

 

ハン・トンヒョンさん(以下、ハン):そこはもう今となってはとくに驚きはないけれど、まあ時代は変わったなー、とときに感慨深い気持ちになることはありますね。でも、ヨン様ブームまで遡ると、当時は不思議な感じがしました。「ちょっと前まではすごい避けてたじゃん。キムチ臭いとか言ってたのに、めちゃくちゃキムチ絶賛してるじゃん?」みたいな(笑)。ちなみに、日本における韓流ブームの最初のきっかけとなったテレビドラマ『冬のソナタ』が日本で初めて放送されたのは、サッカー・ワールドカップ日韓共催の翌年の2003年です。ちょうど20年前のことですね。

小島:ワールドカップといえば、2001年12月に天皇陛下(今の上皇さま)が記者会見でW杯日韓共同開催について記者の質問に答え、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。」と述べたのがとても印象的でした。今も、宮内庁のサイトに載っています。しかし当時、メディアはこのご発言は深掘りせず、大きな話題にならなかったんですよね。そこはスルーするのか……と思ったのをよく覚えています。 その後の「ヨン様」ブームでは、ドラマの聖地巡礼で韓国を訪れるファンがたくさんいましたよね。本当にすごい人気で。

 

ハン:でも、韓流ブームが起きたからといって、在日コリアンの地位や立場が劇的に良くなるわけではないし。在日だからって急に「韓国に詳しい人」のように見られて色々聞かれたりするのは、日本生まれで実際はそんなに詳しくなかったりするわけで、やはり日本人にとって在日コリアンは「外国人」なんだなってことでもあるというか。だから疎外感がなくもなかった。とはいえ、私は朝鮮学校に通っていたこともあって韓国語を習得していたから、院生時代、韓流ブームの裏側で仕事を得ることができたりもしました。韓国映画やドラマを日本に普及させるうえで役割を果たした在日コリアンの先輩や後輩もたくさんいます。

小島:在日コリアンの方々が韓流ブームを支えていたわけですね。でも確かに、日本で生まれ育った世代にしてみたら、急に韓国に詳しい人扱いされても、という戸惑いがあるでしょうね。在日コリアンの中でも、世代間の違いがあるでしょうし。 在日コリアンとは事情が違いますが、今年のアカデミー賞を席巻した映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の主人公の女性は、中国からアメリカに移住した女性です。口うるさいアジア系移民の母親と、アメリカ育ちの娘とでは大きなギャップがある。他人事とは思えず、考えされられてしまったんですよね。 私の家族の話になりますが、私たちはオーストラリアではいわゆる移民第一世代なので、息子たちにはマイノリティとして覚悟が必要だよという話をよくしています。地縁も血縁もなく、親は言葉が不自由。多文化共生社会とはいえ、バンブーシーリング(竹の天井:アジアの象徴である竹でできた天井。白人が多数を占める社会ではアジア系の人たちは努力しても不利になりやすいことを示す言葉)と言われるように、マイノリティが直面する課題はまだ現実として残っているし。でも、あまり先入観を与えないほうが良いのかな。

ハン:第一世代は実際に苦労した人たちなので、下の世代にいろいろ言ってしまうのは仕方がないことだとは思います。在日コリアンの場合は植民地支配という歴史的背景がありますが、やむをえない事情であっても、よりよい未来を求めてであっても、親世代は自ら移動した人たち。でも、その子どもからすれば「行きたいって言ったわけじゃないじゃん」というところもある。移民二世の研究や難民を描いた映画なんかを見ても、子ども世代のつらさを感じます。もちろん、親世代は子ども世代によかれと思ってやっていることではあったりするんですけどね。でも移動を決めたのは、本人ではなかったりするから。

小島:今後、日本経済が縮小していくと、海外に移住する人が増えるのではないかと思うんです。異国で少数派の「外国人」になってみて初めて、今まで日本で民族的・人種的マイノリティとして暮らしてきた人々が直面してきた問題を身近に感じるかもしれません。これまで見えていなかったこと、考えないようにしていたことに気づく人も増えるのかなと。

ハン: ただ、そういうものが日本国内にフィードバックされるかどうか……。国内の状況はもっと悪化してしまうような気もします。

私は大学の授業でもよく言うのですが、人が移動するのは当たり前のこと。例えば、自分の住んでいる場所で原発事故が起きたり戦争でひどい空爆が続いたら避難しますよね。仕事を求めたり、好きな人を追いかけたり、いろんな事情で人は動く。そしてそれが国境を超える場合もある。だとしたら難民や移民は特別な存在ではないのですが、今の世の中の仕組み、特に日本の制度はそうしたことが前提になっていません。それどころか現在、国会で審議中の入管法改定案は、よりハードルを上げて内外の線引きの外側の人については命を落としても構わないといわんばかりの改悪案になっていて、反対の声が広がっています。内外の線引きより、ひとりひとりの命と生活が大事なはずですよね。それが今の人権感覚であってほしいのですが。BTSの話からだいぶ脱線してしまいました。

小島:G7を機に、日本の人権感覚の鈍さと法整備の遅れが改めて海外メディアで注目を集めていますね。まさにこのタイミングで、入管法もLGBT関連法案も、人権を軽んじるような内容にする動きがあるのは本当に恐ろしいことです。ハンさんが学生に伝えている「人が移動するのは当たり前」は確かにそうですね。今後は、気候変動で人が住めなくなる場所もでてくるし、何が起きるかわからない。そうなったときに、どこに移り住むか。自分が「移民」になる将来を考えておくべき時代です。