原体験の根深さ
「私の本当の望み。それは、経済的に豊かになることでも、立派な子どもを育てることでもなく……夫と心を通わせて、家族全員であったかい時間を過ごすことだったんです。
以前もお話した通り、私の父は忙しい人でした。もしかするとほかにも原因があったのかもしれません……そう思うほどに家庭にはほとんどノータッチ。最後まで、母とはどこか距離があったし、家での存在感はなく私も弟もほとんど父の記憶がありません。それが潜在意識にあるのか、私は結婚してから、いずれそうなるような気がして夫に興味が集中しないように意識していたような気もします。
夫婦というのはそういうドライなものだっていうイメージを抱いていました。
でも、心の底ではずっと仲のいい夫婦関係に憧れていたんです。ついにそのことを自覚して、これはなんとかしなくてはと思いました」
立ち止まって考えてみれば、愛佳さんが地域の活動や主婦業に邁進できたのも、剛さんが会社員として生活を支えてくれていたから。育児が大変なときも、小さな不満はたくさんあったけれど、そもそも諦めてそれを伝えず、勝手にイライラしていた部分もあったと自覚したそうです。
まずはその感謝を伝えるところから。そう思った愛佳さんは、毎日「ありがとう」「いってらっしゃい!」「お疲れ様」「今日も頑張ったね」など心を込めて言葉をかけはじめます。また、夜遅く帰ってきても、たとえ10分でも、ダイニングに一緒に座ってお茶やビールを飲みながら他愛もない会話をしました。
「最初は、『なんだよ急に!?』って夫は面食らっていました。そりゃそうですよね、何年もあんまり関心も愛情も示していなかったし……。でも構わずに続けていると、次第にちょっと照れる様子も。言葉って凄いですね。それを3年くらい意識して口にするうちに、次第に夫に笑顔が増え、家にいる時間がどんどん長くなってきたんです。気持ちが伝わってきた!? って嬉しかったですね」
3年も続けた、とさらっと仰る愛佳さん。少々驚きましたが、それだけ自分の本当の望みとパートナーに対する感謝を自覚した愛佳さんが強かったということでしょう。
やがて、剛さんはぽつぽつと、お子さんが生まれてから愛佳さんの関心が薄れて寂しかったこと、でも父親になった責任感から仕事に邁進して実際は育児の手助けが思うようにできなかった後悔を話してくれるように。
最近では、大好きな海があるエリアに小さな別荘を建てて、週末は家族で過ごしたいという夢を語ってくれるそうです。
「夫婦の心地いい関係性はきっとひとそれぞれ。だからこの方法がいい! っておススメするわけじゃないです。つかず離れずのご夫婦で素敵な人たちもたくさん知っています。
どんな望みでもいい。自分が将来、どういう状態でいたいのか。家族や夫婦になりたいのかを考えて、それに向かってどんなアクションをするべきかと考えるのは、すごく有意義でした。
私が生い立ちから無意識に諦めていた『笑いの絶えない、夫=父親がちゃんと存在している家庭』。そうなるといいなと思いながら、『家族で1日1爆笑』を目標に、少しずつ前に進んでいます」
取材の始めから終わりまで、笑顔が絶えない愛佳さん。シンプルに自分の望む方向へ向かっている方の強さを感じました。そして意外にも、最初からそれに気が付くのは難しいのだということも。
なんとなく毎日しっくりこないなというとき、少し足を止めて自分に行き先を問いかけるのが、人生には有効なのかもしれませんね。
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
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