「“充実した人生”を送れていないと恥ずかしい」という呪縛から解放される
奥田 とはいえ、30代や40代の頃は、キャリアアップのために資格をとらなければならなかったり、仕事で新たなスキルがどうしても必要になったりと、常に自分を鼓舞するように働かざるを得ないところが必然的にありました。でも50歳を過ぎてからは、自分自身の仕事人生のゴールがある程度見えてきたし、仕事の中心を担う世代も、自分たちより若い世代へと自然に移っていく。ああ、自分たちの年代はそろそろ現役世代の終わりに近づいてきたんだなということを受け入れた頃から、かなり気持ちが楽になってきました。これも老いの効用ですよね。
中村 それでええんと違う? 私は何人も患者さんを看取ってきたけれども、死ぬときは地位も名誉も関係なしや。あの世には何も持って行かれへん。どんな活躍してきたか、どう生きてきたかに関係なく、人間いつか必ず死ぬの。せやったら眉間にシワ寄せて、仕事で自己実現しないとあかんとか、人生を充実させないととか考え過ぎずに、目の前の仕事をたんたんとこなしながら気楽に生きていったらええと私は思うけどなぁ。
奥田 そこに、いつ気付くかですよね。残念ながら、戦後の豊かな日本で育ってきた私たちの世代以降の人たちは多かれ少なかれ、自己実現しなくちゃ、仕事も私生活も充実させなくちゃ、という呪縛を刷り込まれています。若い世代の間では「リア充(現実の生活が充実していること)」といったりしますが、とにかく「他人に認めてもらえるような“充実した人生”を送れていないと恥ずかしい」という妙な負い目を感じているのですよね。でも現役世代を引退して老いていく過程では、ようやく、こうした呪縛からも解放してもらえそうです。仕事でも家庭でも、色々な役割から解き放たれて、周りと競争したり比べたりしなくてもよくなる。すると、世間や人の目を意識しないで、自分の気持ちに素直になって、楽に生きていけるはずです。
中村 そうや。私のように92歳まで生きると、何も守るものもないし、望むこともないし。毎日たんたんと起きて、ちょっと家事してちょっと仕事して、食べて寝てって感じ。そもそも老人になって一線から退いたら、人との付き合いも最小限でよくなる。すると余計な世間体とも、どんどん無縁になっていくしね。そういう平坦な生活は、若い人からみたら面白くないように感じるかもしれへんけど、ええ塩梅に体力・気力が衰えていくから、私にとってはそれがちょうどええ。もうこの年で遠いところへ旅行へ行くのもしんどいし、テレビで見てたら十分。ときどき息子や孫に会って、話ができるだけで十分。まさに「リア充」やな(笑)。
『不安と折り合いをつけて うまいこと老いる生き方』
著者:中村恒子/奥田弘美 すばる舎 1140円(税込)
老い、孤独、人間関係、終活など。人生の後半戦に待ち受ける不安な事項と“うまいこと折り合いをつけて”生きていくコツを、92歳の中村恒子先生と、54歳の奥田弘美先生という精神科医コンビが対談形式で語り尽くします。二人が繰り出す直球コメントの数々に、図星を突かれながらも癒されること請け合い。人生100年時代を生きるうえでの心の拠り所となるでしょう。
構成/さくま健太
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