コロナ禍では、不登校のお子さんがいる家庭の悩みが、多くの親の共通の悩みになった

「泣きたいけれど、泣けない人たちへ」岸見一郎先生が考える“先が見えなくなる不安”との向き合い方_img0
写真:Shutterstock

――「クーリエ・ジャポン」での連載は2017年から始まっていますけれども、それから現在、2023年までの6年間で寄せられるお悩みの傾向に変化はありましたか。

岸見:率直に言って、変化はありません。私はプラトン哲学を専門にしてきたのですが、プラトンの対話篇を読むと、悩んでいることは現代人とほとんど変わらない印象があります。ですから、たったこの6年の間に人間が変わるとは思わないです。

 

――それは、2020年からのコロナ禍でも変化はなかったのでしょうか。

悩みの傾向そのものはあまり大きな変化はありませんが、焦点の当てどころが若干違ってきました。

――その「焦点の当て方に違いがあった」というのは、具体的にはどういう違いなのでしょうか。

一つは、より対人関係に関心を持つ人が増えたということです。
職種や業種によって違うので一般化はできませんが、在宅勤務になったことで、普段見ることのないパートナーの仕事中の姿を見た人が多くなりました。
普段家では穏やかな夫なのに、仕事では大きな声で部下に偉そうにしているのを知ってしまった。そういう知らない姿を見る機会があったり、長く一緒に過ごす時間が多くなり、喧嘩の火種が増えたのです。

二つ目は、先が見えなくなる不安です。
コロナ禍で特に多くの人が感じたことだと思いますが、これまではなんとなく先の人生が見えていたと思っていたのに、全く見えなくなったために、将来の不安が増幅されました。このことに関係する質問が多かったです。

――一つ目の対人関係というのは、今まで知っていると思っていた家族との関係ですよね。

岸見:家族といえば、コロナ禍では不登校の子どものいる家庭の悩みが、多くの親に共通する悩みになったことが挙げられます。
学校教育が大事なのは、昼間、子どもが親と離れて過ごせることです。
これまでは、不登校について「家に子どもがいるのは大変なことだよね」と他人事として捉えていた親が、コロナ禍で子どもがずっと家にいるようになったことで、ずっと子どもと過ごすことになり、これまでは夜だけ接していれば良かったのが、一日中家にいることで親の怒りが爆発したり、ストレスが強くなりました。

――不登校のお子さんがいる悩みというのは、子どもが学校に行かないということよりも、ずっと家にいる子どもと接しなければいけないという悩みですね。

岸見:そうです。不登校の子どものことでカウンセリングに来られた方は、だいたい「うちの子を学校に行かせるようにしてください」と言われます。
でも、それは子どもの課題で、本人が自分で決めることです。その場に子どもがいないのに、親と知らないおじさん(私)が自分のことについて相談をしているというのは、子どもにとっては不愉快なことです。他人が子どもの人生をどうするかを相談する状況設定はありえません。

では、親が相談したい場合、どんな内容ならいいのか。
それは「家に子どもがいてもそれほど気にならない方法はありますか」「子どもといいコミュニケーションを取る方法はありますか」などです。

「子どもをどうするか」ではなく、「親(自分)が子どもにどう接するか」ということならカウンセリングを引き受けます。

家に子どもがいてもそれほど気にならない方法の一つは、お母さんが仕事や趣味に打ち込むことです。

以前、不登校の子どもからカウンセリング中でも何度も電話がかかってくるという母親がいました。「今、この電話に出なかったらあの子は死んでしまうかもしれない」と不安を抱えていました。仕事をしていない人だったので趣味はないかと尋ねたら「太極拳」だと言うので、まずはそれに打ち込むことを提案しました。

そうしたら、やがて太極拳を極めるため、携帯どころか電話も通じない中国の山奥に修行に行ってしまいました。母親が自分の人生を歩み始めた結果、子どものことで相談に来ることはなくなったのです。

それから何年も経った後、お子さん本人がカウンセリングに来ました。