問題はこのG7における「“やってる風”にすらなっていない“やってる風”」が、「男女平等」だけじゃなかったことです。ひとつはLGBTへの差別にまつわる問題。G7で唯一LGBTに対する差別禁止の法案がないくせに、偉そうに「性的マイノリティの人権と基本的自由に対するあらゆる暴力と侵害を強く非難する」と声明を出し、G7前に慌てて「やってる風」で出した(それも差別禁止じゃなく理解促進の)法案も、結局は「多数派に配慮」の文言を入れて骨抜きにしちゃっているんですね。
もうひとつは難民の受け入れにまつわる問題で、こちらでも「難民や他の避難民の直接的および長期的なニーズ、および受け入れ地域のニーズを満たすための国際援助を増やすこと」と約束しながら、6月には国際人権組織アムネスティ・インターナショナル日本がその非人道性を抗議する入管法改正案を成立させちゃっています。
諸外国の厳しいマスコミや、決断力と実行力がすべての政治家たちが、こうした「人権にまつわる“やってる風”三連発」を目の当たりにすれば、「日本って常に口だけで本気でやる気ないんだね、そういう国なんだね」と思うのは当然です。
昭和の頃の「蕎麦屋の出前」を思い出します。「出前がまだ来ないんですけど」って連絡すると、「今出ました!」って言いながら作り始める、っていう。もはや完全すぎるほど完全な死語となったUberの時代に、まだこんなことやってんのかって話です。
様々な「OECD内で最下位」の中には「データそのもの」でなく「データ分析の結果」というのもあり、時には「そうかなあ」と思う部分もあります。そういう時に私が思うことは、日本政府(日本人ではなく)が信用も尊敬もされてないからなんだろうな、ということです。
バイデン大統領が「日本が軍事費使いだしたのは、俺が言ったからなんだぜ」なんてペロッと言っちゃうこと、それを受けて世界中が「当然そういうことなんでしょうね」と思っているんであろうことは、まさにその現れのように思います。こういう「やってる風」ばっかりの蕎麦屋じゃなかった日本が、今はそう扱われるのも当たり前っちゃ当たり前とも思えます。
ただ私がさらに懸念するのは、実のところ今の日本の政権は、自分たちのやっていることが「言行不一致」とか「自己矛盾」とかすら思ってないんじゃないかってこと。
つまり、女性を含むマイノリティの権利は「男性が与えてやるもの」で、ただし「LGBTQの権利は多数派に気遣いがあってしかるべき」だし、「日本にいる外国人には、そもそも難民はいない」と本当に思ってる。
「人権感覚」は、時代によって変化し拡大するものなのですが、そこにまったくもってキャッチアップできておらず(というかそもそも関心がない)、今も戦前の「成人男性のみが人間」的な感覚なのは、日本が誇る数少ない世界トップクラスに平均年齢が高い閣僚たち--それも単にお父さんおじいちゃんが閣僚だったから閣僚になっただけの特権階級の人たちが、この国を仕切っているからかもしれません。
前回記事「「海外旅行で災害に巻き込まれても自己責任」...攻撃する相手は“個人”ではなく、「想定外」で片づける“政権”なのでは?」はこちら>>
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