「間違った価値観を正す学び」と「人生の豊かさを見つける学び」


手塚 ただ、どうしても不安が拭えないなら、学ぶことじゃないですかね。僕は、学びには二つあると思っていて。仕事の割合が100%でなくなった自分は労働市場の外にいる、そんな「間違った価値観を正す」ための学びが一つめ。それと、仕事やお金以外で「人生の豊かさを見つける」学びです。特に前者に向いているのは「読書」ですかね。上野千鶴子さんの『家父長制と資本制』を読んでみるとかね。今ある不安は個人的な問題じゃなく、社会構造的から生じているのかもしれない。そうした気づきは大きな武器になると思います。でも本当は、漠然とした不安には、人生の豊かさを見つける学びの方が効く気がするんですよね。

 

――人生の豊かさを見つける学び、とはどんなことでしょうか。

手塚 僕は「ディテールを大事にする」とよく言うんですが、日常の細部に目を凝らしたり、ただ感じたりするんです。突然ですが、朝出かける前に空を見て「雨が降りそうだな」と思ったら、何します? 

――ええと、折り畳み傘をカバンに入れます。

手塚 多くの方がたぶんそうしますよね。そういうリスクヘッジはビジネスでは必要だけど、実は幸せにとっては不要なことだと思っていて。雨が降りだしたら「雨が降ってるな」でおしまい。これでいいはずなのに、多くの人は雨そのものの存在より「濡れたくない」「いつまで降り続くのか」「いつ止むんだろう」と次々と心配してしまう。

 

「花なんか見てないで早く行こう」と急がないこと


――大雨や台風でなくても、つい考えてしまいますね。

手塚 これって、自分のキャリアやスキルを不安に思っている方にもあてはまるような気がしませんか。目の前にあるディテールを捉えることを忘れると、本来そこにあるはずの幸せや美しさも見えにくくなってしまうと思うんです。僕も経験があるんですけど、ビジネスで不安に駆られて“もっとこうするべき”が増えていくと、心の豊かさも失われていってしまうんです。

僕は「行為」よりも「存在」が大切だと思っているんですが、先日、友人の結婚式に出席した時に、新婦が語った馴れ初めのエピソードにすごく共感して。それは、「道端できれいな花を見つけて思わず立ち止まってしまった時、一緒に立ち止まってくれる人だから結婚したんです」というものだったんですけど。

――とても素敵ですね。新郎新婦の幸せが伝わってくるようです。

手塚 時間通りに目的地に辿り着くには「花なんか見てないで早く行こう」と急かすことが正解だけど、二人はそうじゃない。お互いがそこに存在していることだけで幸せだと。そういう豊かさって、子育てにもたくさん隠れていますよね。自分が持っているスキルも同じで、子育てや介護、専業主婦で家庭を回してきたことは、ありのままで素晴らしい経験値のはず。それなのに、自分を変えないととか、足りないスキルを補わないといけないと思うなら、女性たちをそういう気持ちにさせる情報や社会の方が、僕はおかしいと思うんですけどね。

 


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撮影/塚田亮平
取材・文/金澤英恵
構成/山崎 恵
 

 
 
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