ドロドロに溶けた遺体
「金子宮司、また事故物件のお祓いをお願いします」
八年くらい前の夏、千葉県流山市の二階建てアパートで、人知れず入居者が亡くなっていたのでお祓いをしてほしい、との依頼がありました。
孤独死や自殺の起きた事故物件のお祓いをするようになり、凄惨な現場であっても多少のことにはなれていました。
しかし、そのアパートの一室は、今までとはまったく違いました。
案内された建物は、どこにでもある単身者用の木造アパートでした。
不動産屋さんに案内されて、大家さん、特殊清掃のスタッフとともに、一階にある2Kの部屋に向かいました。わたし以外は皆、マスクをつけていました。
「こちらの部屋です」
玄関のドアをあけた瞬間、わたしは思わずのけぞりました。
ぶわぁっ⋯⋯と強烈な臭いが鼻に突き刺さりました。まるで鼻に棒をグリグリと差し込まれているかのようで、鼻血が出そうでした。
その正体は、すさまじい死臭でした。
「こ、これは、ひどい⋯⋯」
事故物件のお祓いで何度も死臭を嗅いできて、「死臭ソムリエ」と名乗るほど死臭に慣れたわたしでも、臭いだけで腰が抜けそうでした。
臭いの発生源は、遺体の発見現場となったユニットバスの浴槽です。
浴室に近づくまでもなく、部屋中に死臭が蔓延していました。
入浴中に亡くなり、お湯につかった体がそのまま腐っていたところを発見されたそうです。
遺体は、司法解剖のために警察がすでに運び出したということでした。
臭いをこらえながら浴室を覗くと、浴槽の水の中には黒い塊が沈み、ひどく濁っていました。
そのとき、わたしは気づきました。
浴室の床に、なにか落ちていることに⋯⋯。
それは、どろっとした肉の塊のようなものでした。
塊のようなものから、髪の毛や爪のようなものが覗いていました。
浴室には遺体の残骸が散らばっていたのです。
浴槽で亡くなっていたので体はドロドロに溶けていたということですから、警察もすべてを拾いきれなかったのでしょうし、警察官だって人間です。あらかたすくったらさっさと引き揚げたかったのでしょう。
ふと、目玉のようなものがこちらを睨みつけているように見えたときは、ぎょっとしました。
お湯につかった体はまず目玉が腐り、内臓が溶け落ちていき、髪の毛や爪や一部の肉片を残して人の体を保てなくなってしまった⋯⋯。
遺体が置かれた状況を想像し、強烈な臭いに包まれながら、わたしは胃から込み上げてくる吐き気を必死で我慢しました。
同時に、亡くなった方は、そんな最期を迎えたくはなかっただろうに、と強い悲しみを感じました。
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