「自己犠牲の精神」は厄介!


「愛を勘違いしている人が抱いているもの」に、「自己犠牲の精神」があります。
無理をしてでも尽くすのが「愛」だと勘違いしてしまう人がいます。そういう人は、「私が、ここまで尽くしてきたのだから、それなりのものが返ってきて当然だ」と思ってしまいます。
無理をすればするほど、人は見返りを求めるようになります。したくてしているわけではないので、何かしら自分へのご褒美がないとやっていられないからです。
でも、その見返りを求める態度が、相手に精神的な苦痛を与えてしまうことは多いでしょう。

 

「自己犠牲の精神」を持ちやすい人が分かっていないこと


「自己犠牲の精神」を持ちやすい人は、自分のことを愛せていません。本当に自分を愛しているのであれば、「大切な自己を犠牲にする」なんてことはしないからです。
たとえ自分の負担になることでも、「自分がしたいからする」ので、「自分を犠牲にすること」だとは考えません。

“本当の愛”を抱いている人は、パートナーに尽くすのだとしても、「自分がそうしたいからする」くらいの気持ちでいます。自分のことを大切にしているからこそ、基本、自分がしたいことをするし、したくないことを無理にしようとはしないのです。

自分を愛せない人は、人を愛せない


結局、自分のことを愛している人でないと、相手を愛せません。なぜなら、人を愛せるほどの愛情が自分の内側にはなく、与えるには「足りない状態」だからです。

「“自分嫌いの人”が、人を愛せるのか」というと、それは難しいことです。
自分を愛せていないと、自分の内側に愛が少ない状態なので、苦しくなります。自分では自己を満たせないので、人からの愛を求めるようになります。それが、先ほど説明した「依存心」にもつながってきます。

自分を愛せない人は、自己を幸せにすることができないので、人を幸せにする余裕もありません。それどころか、無意識的に自己の幸せのために、相手を利用してしまうことが多い。
そうやって“本当の愛”からほど遠いものを抱いていると、人間関係はうまくいかなくなるし、幸せになりにくくなります。だから、早く学び、成長したほうがいいのです。

“本当の愛”を抱けるようになるためにしたほうがいいことは何でしょうか。次のページで紹介します。