今やすっかり社会に浸透した言葉、“生きづらさ”。この言葉があることで「あぁ、私は今、生きづらいのだ……」と。なんとなくやり過ごしてしまいがちな日常の困難や、自分だけが感じている傷みをしっかりと認識することができます。では、そこからどうやって、その生きづらさを乗り越えていけば良いのでしょうか。
わたしの“椅子”はどこにある? 生きづらさから始まる物語
職場の男性上司からのセクハラで身も心も追い詰められている。
結婚、出産、どうして私はみんなと同じ“そっち側”にいけないの?
など、そんな様々な生きづらさを抱える5人の女性たちの人生を描いた短編集『Build a chair』。
直訳すると“椅子を作る”というタイトルの本作ですが、私の座る椅子がない……居場所がなくて生きづらさを抱えているなら、自分でその椅子を作ればいい! と。生きづらさに寄り添うだけではなく、自分で歩み出す力をくれる意欲作です。
これ以上何も奪わせない! セクハラによって心身がボロボロになった女性
1作品目に収録されている「チョコレートはもう奪わせない」は、職場の男性上司からのセクハラによって心身ともにボロボロになっている女性が主人公。大好きなチョレートの会社に就職し、多忙ながらも充実した毎日を送っていたのに、アイツのせいで……。
セクハラによって、とうとう大好きだったチョコレートまでも身体が受け付けなくなってしまうのです。そんな彼女が偶然出会ったのは、好きな服を着て、好きな食べ物を食べながら、日頃の嫌なことを発散させる……そんなデトックス会をしている3人の女性たちでした。
自分の心に染みついて離れない“毒”を紙に書いてゴミ袋に入れて、そのゴミ袋を目掛けて銃を打つ。少々過激だけれど、え! やりたい! と思わず読者の心がはやるようなデトックスをし始める3人。
主人公も一緒にそのデトックスに参戦するのですが……。果たして、この出会いは彼女にどんな結末をもたらすのでしょうか。
「自分にできること」その積み重ねが自分だけの椅子を作る
生きづらさという言葉の浸透と共に、それをテーマにした作品も増えているように思います。例えば、強い心を持って生きづらさと真正面から向き合ったり、同じ傷みを共有する者たちと連帯し闘ったり……。でも、思うのです。なぜ、生きづらい思いをしている人がこれ以上無理して頑張らなければならないのかと。
『Build a chair』に登場する5人の女性たちを見ていると、生きづらさの根源(敵)と雄々しく戦うのではなく、自分だけの椅子を組み立てるかのように、「自分にできること」を着実に積み上げていく……そんな積み重ねの先にある希望を私たちに教えてくれるような気がします。
特に私がお気に入りのエピソードは2つ目に収録されている「この電車に乗って」。結婚、出産……どうしてみんなは自然とその電車に乗れるんだろうか? と、人生を電車に例えながら、ロマンティック・ラブ・イデオロギー(*1)に葛藤する女性の物語です。
周囲と同じ電車に乗れない自分。そんな生きづらさを抱える彼女もまた、自分の椅子を作ればいい! と歩み出すのですが、そうか、歩み出すって決して“前”だけじゃないよなと。それは、横かもしれないし、それ以外のルートがあるかもしれない。読み終わった後に、新しい光を掴んだような気持ちになります。
*1・・・恋愛によって結びついた男女が結婚して、出産、子育てをしていくことが自然なものだと肯定する価値観のこと
【漫画】『Build a chair』第1話を試し読み!
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<作品紹介>
『Build a chair』
加藤羽入 (著)
期待の新星が放つ、鮮烈の初短編集!! <お砂糖とスパイス、それと素敵な何か> そうじゃない女の子は、どこに行ったらいいの? 少女誌で恋愛以外のマンガを描きたい、漫画家のアイ。 しかし「恋愛以外が読みたい子は、少年漫画を読む」と編集者に受け入れて貰えない。 そんなアイの理解者である姉は、アイとは正反対の恋愛体質。 お互いを尊重しつつも、恋愛が生活の中心の姉といると「女の子の椅子」に座れない自分が、浮き彫りになっていきーー…。 私の椅子<居場所>は私は作る。 「女の子はもっといろんなもので出来てるはずだから」 新鋭・加藤羽入による“生きづらさ”にそっと寄り添う珠玉の物語たち。 <収録作品> チョコレートはもう奪わせない/この電車に乗って/ビルド・ア・チェア/マイルストーン・ガール/ルイちゃんの目
<作者プロフィール>
加藤羽入
漫画家。2023年8月に初短編集『Build a chair』を発表。同月発売の「フィール・ヤング」(祥伝社)2023年9月号より『君がまた描きだす線』を連載中。
https://twitter.com/katouuuuuri2
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