夏といえばホラー。この季節になるとTVで怪談特集の番組が放送されたり、ホラー映画が公開されるなどすっかり日本の風物詩となっています。今回は、そんな今の季節にぴったりな『兄だったモノ』を紹介。じっとりとした湿度に、恨み、妬み、そして愛……そんな強い情念が漂う、大人向けの極上ホラーです。

『兄だったモノ』1巻 (ZERO-SUMコミックス) 


兄が死んだ、私は兄の恋人と……


主人公は兄を亡くした女子高生・鹿ノ子。彼女は兄の恋人であり、最期を看取ったという男性・聖のもとを訪れます。

 

うだるような夏の暑さ、まるで線香の匂いが漂ってきそうなほどに臨場感のある新盆の風景。そして、兄を亡くした少女と兄の恋人……。この後も二人によるお盆の風景が淡々と描かれるのですが、鹿ノ子だけはしきりに後ろを振り返ったり、どこか空を見上げながらこう呟くのです。「お兄ちゃん?」と。

 


兄の恋人の家を訪れる本当の理由


聖の家の至るところで、亡き兄の存在を感じ取った鹿ノ子。そんな彼女は生前の兄に言われたとあることを思い出します。

 

「お前もきっとあいつに惚れるよ」という衝撃的な言葉と共に、「俺がいなくなった後 あいつの傍にいてほしい」と遺して亡くなった兄。

まるでその言葉を守るかのように、新盆では聖に優しく寄り添い、兄の思い出を共有する鹿ノ子。あぁ、この作品は大切な人を亡くした二人が支え合いながら再生していく物語なのか……と思いきや実は彼女の狙いは他にあるのです。

 

なんと鹿ノ子は兄が預言した通り、聖に恋心はおろか、もっと強い情念めいたものを抱いていたのです。

 

愛と呪いは紙一重


今もまだ亡き兄を悼み、想い続ける聖。一方で、兄から聖を奪いたいと歪んだ恋心を燃やす鹿ノ子。ですが、本作の主な登場人物はこの2人だけではないのです。だって、聖の後ろには……。

 

こうして兄の恋人と私と。生前の兄とは似ても似つかないナニカ、いや“兄だったモノ”が織りなす、おぞましい恋の物語が始まります。

「愛と憎しみは紙一重」という言葉がありますが、例えるなら本作は「愛と呪いは紙一重」。

愛しているからこそ相手へ抱く、一緒にいたい、全てを自分のものにしたい、自分の元から離れないでほしい……そんな“願い”の数々。そして、その願いを何としても叶えたいという深い欲望が巡り巡って、他の人や社会に災厄や不幸をもたらす“呪い”へと変化していく。

愛が呪いに変わる瞬間、そして読み進めていくたびに見えてくる各登場人物の思惑や闇深い情念。それらに触れた瞬間、思わず毛が逆立つような恐怖心、いや、踏み込んではいけない領域に迷い込んでしまったような警戒心が私たちを襲います。

ジェイソンのようなホラーアイコン、貞子の呪いに対抗するようなサバイブ感……そういった派手さはないけれど、代わりに静かにじっとりじっくり私たちを追い詰める大人のホラー『兄だったモノ』。暑い夏の日のお供にぜひご覧ください。

 

【漫画】『兄だったモノ』第1話を試し読み!
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<作品紹介>
『兄だったモノ』
マツダミノル (著)

兄が死んだ。私は兄の恋人だったひとと、兄の墓参りに来ている──……。これは、兄の恋人と私と「兄だったモノ」のおぞましい恋の話。
 


<作者プロフィール>
マツダミノル

漫画家。SNSで作品を投稿していたところ、編集部の目に留まり2021年に「GANMA!」にて 『兄だったモノ』で連載デビュー。
Twitter:@MATUDAMINORU