先日、北海道旅行のお土産で北一硝子のロックグラスをいただきました。「氷の華」と名付けられたそのグラスは、よく見ると表面に繊細なヒビがたくさん入っており、光に当てると確かに氷のように美しく反射します。綺麗だなぁと思わずうっとりしてしまったグラスのヒビですが、これは硝子がまだ熱いうちに瞬間的に水につけることで生み出されるもので、希少な職人技なんだとか。
私の手にすっぽり収まるこのグラスには、長きにわたって継承されてきた職人技と歴史……たくさんの物語が詰まっているのだと思うと、なんだか慈しむ気持ちが芽生えるというか、グラスに触れる手が自然と優しくなりました。
今回ご紹介する『神田ごくら町職人ばなし』は、そんな日本の伝統的なプロダクトに秘められた物語、つまり職人たちの手仕事に光を当てた作品です。
木と真摯に向き合う、桶職人の手仕事
物語の舞台は江戸の神田。ページをめくると、そこには来る日も来る日も“木”と真摯に向き合うとある桶職人の姿がありました。
桶の木材を仕入れて、それらを丁寧に削り繋ぎ合わせ、また削っていく……。機械ではなく、人の手ひとつで生み出されていく“手仕事”の様子をどこまでも精緻に、そしてまるでドキュメンタリーを見ているかのようなアングルで描きます。
セリフはもちろん、効果音も少なく、絵で語りかけてくる本作。なんて静寂に満ちたマンガなのだろう……と、初めて体験するような静けさと、その背後に潜む凄みに思わず圧倒されます。
手仕事には職人のすべてが現れる
『神田ごくら町職人ばなし』は桶職人のほかに、刀鍛冶や紺屋、畳刺しなどさまざまな職人たちが登場します。ですが、同じ手仕事に従事する者といっても、当然手がけるプロダクトが変われば抱く思いも職人によって異なります。
例えば先ほどの桶職人は、壊れた桶も全部直してやる! となんとも清々しい働きっぷりで、一切の迷いがないような真っ直ぐさが印象的。一方で、2話に登場する刀鍛冶は、灼熱の鍛冶場で黙々と技を振るいながらも、実は自分が打った刀で子どもが殺された……そんな複雑さを抱えています。
それぞれが職人としての情熱や誠実さを持ちながらも、時には心をくもらせる迷いを抱く者もいる。そして、手仕事にはそんな職人のすべてがそのまま現れるのだと……。『神田ごくら町職人ばなし』は手仕事の真髄を垣間見せてくれるように思うのです。
ほら、この精悍な表情さえ感じる、凛とした佇まいの桶。なんだか桶職人の“きっぷの良さ”みたいなものが滲み出ているようにも見えます。
職人根性が光る、まるで工芸品のようなマンガ
思わず見入ってしまうほどに精緻で美しい手仕事の描写。そして各々の職人たちの物語や心情を、まるで鏡のように工芸品へと投影する表現。それらをモノローグやセリフだけに頼らず絵で魅せてくる『神田ごくら町職人ばなし』ですが、もう本作自体に職人根性が光っていると言いますか、ある種の工芸品のような力強さを放っています。
そういえば、冒頭で話した「氷の華」と名付けられた北一硝子のグラス。このグラスには職人のどんな想いが詰まっているのだろうか……。でもこの美しさはきっと水のように澄んだ心というか、真っ直ぐな職人気質なようなものからくるものに違いない! と。『神田ごくら町職人ばなし』を読んだ私は、グラスが完成するまでの過程や職人の心につい想いを巡らせてしまうのです。
工芸品のみならず、大好きな作家のお皿、マグカップ、アクセサリー……作り手の意匠を感じるモノを大切にしている方にとって、『神田ごくら町職人ばなし』はきっと何か心動かされるものがあることでしょう。ぜひ手に取ってみてくださいね。
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<作品紹介>
『神田ごくら町職人ばなし』
坂上暁仁 (著)
圧巻の描写でよみがえる、江戸職人の技と意地「金なんざどうだっていい。心意気の話さ。わかるだろ?」ただひたすらに、ひたむきに……桶職人、刀鍛冶、紺屋、畳刺し、左官。伝統の手仕事を圧倒的ディテールと珠玉のドラマとともに描く歴史的傑作。
<作者プロフィール>
坂上暁仁
漫画家。1994年生まれ。2017年に『死に神』で第71回「ちばてつや賞」入選。インディーズ漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。「トーチweb」にて『神田ごくら町職人ばなし』を連載中。
@sakakky1090
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