軽い気持ちで投稿した内容が相手の心を深く傷つけるだけでなく、時に命まで奪ってしまうネット上の誹謗中傷。現代の深刻な社会問題として、政府やSNS運営企業が防止策に取り組んでいます。
『中学校の授業でネット中傷を考えた 指先ひとつで加害者にならないために』は、開成中学の国語担当・神田邦彦教諭が「ネット上の誹謗中傷はなぜ起こるのか?」「どうしたらなくせるのか?」を生徒たちと考え、議論した特別授業の記録です。
今回は、三時間目の授業「手軽な加害と深刻な被害」の内容を抜粋してお届けします。

手軽な加害と深刻な被害―三時間目

写真:Shutterstock

「気をつけ、礼!」
チャイムが鳴った。9月29日朝、三時間目の授業が始まる。

前回までの授業では、「他人事(ひとごと)」にしない感覚と、中傷を加速させる装置としてのネットの特性を考えてきた。一連の授業が始まる前に神田先生からもらっていた授業計画によると、ここからは「人間の側の問題」を考える。

 

「まずは復習から!」
神田先生のよく通る声が朝の教室に響く。スクリーンには、「道具としてのネットの問題」という言葉。神田先生が投げかける。

「なぜネット上の誹謗中傷が心に刺さるのか? なんでだと思う?」

生徒たちは思考をめぐらせ、思い思いに発言する。

「匿名だから、誰がやっているか分からない」
「(ネガティブな発言が)大量になる」
「相手の目的が分からない」

神田先生は一つ一つにうなずきながら、「これも大きいと思うな」と付け足した。

「いつでも届く、夜中でも届くということだよ。スマホは常に持ち歩いている。自分への誹謗中傷がSNSに書かれたら、手元に誹謗中傷を持ち歩いちゃうってことだ。読み返すなと思っても、読み返しちゃうものなんじゃないかな」

ここで神田先生はスマイリーキクチさん(「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の実行犯であるなどの誹謗中傷被害を長期間にわたって受けた)の言葉を一つ紹介した。

"スープに入ったハエ”

スマイリーキクチさんは、誹謗中傷がどうしても気になる被害者側の気持ちを、しばしばこのように例える。スープにハエが入っていて、それ以外は何も問題ないスープでも、「ではハエを見なければいい」とスープを飲むことはできない。ハエを気にせずにスープを飲むことなど、無理な話だ。誹謗中傷も、そのハエと一緒。一つでもあれば、気になる。そんな心情を、スマイリーキクチさんはこの言葉で表現する。

「『言い得て妙』な言葉だと思いました」と神田先生。

そして、教室前方のスクリーンに「手軽な加害と深刻な被害」と映し出した。

まさに、私がネット中傷を取材しながら感じてきたことだった。被害者、加害者両面の実相に迫る中で強く感じたのは、被害者と加害者の間にある深い溝だった。被害者にとっては命を落とすまで追い詰められるような暴言を、加害者はいとも軽く書きこむ実態が取材で分かった。
時に傷つけようという意識もない。

何がこの意識のギャップを生み出すのかを考えれば、私は、厳しいルールの有無は本質ではないように感じていた。深刻なのは、他者の痛みに対する想像力の欠如ではないか。

神田先生はスクリーンの言葉を見つめながら、生徒たちに語りかけた。
「人を殴るのって手軽じゃないよね。でも、ネット中傷はなんとも手軽だ。手軽な一方で、被害は深刻。この落差たるや大変なことなんだ」

ここで今回の授業のテーマが改めて画面に映し出された。

〈人間の側の問題〉――。