最後にお母さんのファイトを見たから
森田 あとね、きっと驚くよ。四十九日が終わるでしょう。そうしたらありありとわかるよ。
福本 え、なにがですか?
森田 ちゃんとフッて、お母さんが助けに来る。それがありありとわかる。そんなしょっちゅうじゃないけど。生を受けるっていうことにはきっと大きな意味があって。あっちゃんみたいにストレートに表現をしていると、きっといろんな思いをするよね。苦しい思いもするし、辛い思いもするし、切ない思いもすれば気持ちいい思いもする。そうやって自分なりの光を作り上げていくと思うけれど、大変なときにきっと降りてきてくれて見守ってくれる。そうすると「まだやめられないな」って思って歩いていくんだよ。
福本 へぇ。そうなのかなぁ。
森田 お母さんとしても「一緒にいられてよかった」とか、あっちゃんからしても「この人の子供に生まれてよかった」とか、そういうのって最後の最後なのかもしれないけれど、そこがひとつのあがりなんじゃないかって思うの。体を持って生きるというときのあがり。だから亡くなったんだけれど、もしかしたらおめでとうなんじゃないかって、思うんだよね。
福本 本当にそう思う。
森田 体は燃やさなきゃいけないから、骨だけが残る。だけど、フッて逝ったときに心もなにもかも多分、そこで終わりなんだよね。終わりなんだけどその人の光みたいなものが残って、応援するよって、あなたのままでいいんだよって助けてくれるんだと思う。私は父を亡くしたときにそういうことを感じて、自分の中でエンジンがかかったんだよね、グイッて。
福本 私も最後にお母さんのファイトを見たから。
森田 うん、ファイトだよね。
Comment