「スタッフの今日のコーデ」の私服姿にファンの多いエディター・松井陽子さん。記事の中でも松井さんのスタイリングにもよく登場する、「もはや体の一部のよう」という最愛のファッションアイテムの魅力をお届けする連載企画です。
Vol.07
ベビーカシミヤブランド「ピセア」
ディレクター中田優也さんを訪れて
第7回目にご紹介するのは、国内発のカシミヤブランド「PICEA(ピセア)」。前編では「ピセア」が使用している内モンゴル産のベビーカシミヤの魅力についてお届けしました。後編では、「ピセア」のニットアイテムとそのバリエーションをご紹介します。最高峰のベビーカシミヤだからこそ叶えられる服作り、そしてディレクター・中田優也さんのこだわりについて松井さんが伺いました。
前回記事
「いままでのニットとは一味違う!うぶ毛だけで作られた「ベビーカシミヤニット」の魅力とは?【松井陽子さん】」>>
愛を持って長く身につけたい
「優しさ」で作られた、ベビーカシミヤのニット
「ピセア」のディレクター・中田優也さん。とても控えめで柔らかな物腰、でもものづくりへの芯の通ったお話に私もすっかり魅了されました。マイルドな中田さんは、実は趣味がサーフィン!そうと聞いて、一気に仲間意識も芽生えました(笑)。
「特別な素材」ということをわかっているつもりでしたが、ベビーカシミヤがいかに特別であるか、そしてどれほど贅沢なものか、中田さんにたっぷりとお話を伺って実感できました。
そのベビーカシミヤのうぶ毛を100%使用しているというニットブランド、「ピセア」
今回はもう少し深掘りして、そのデザインや色へのこだわり、さらに「NEW POSSIBILITIES OF CASHMERE(カシミヤの新しい可能性)」というブランドテーマについてディレクターの中田優也さんに聞いてみました。
内モンゴルの工場内にきれいに並べられたプラスティックの容器に入っているのが、染められた綿毛。カラフルで、見ているだけでも楽しくなります。それにしても微差にこだわったこの色出し!それも高い技術を誇る工場ゆえの技なのだそう。この色のついた綿毛を糸にし、その糸はさらに多色をブレンドしながら数本の束にして編み立てられ、理想の色味のニットが実現するのだそう。
「稀少な原料」だからこそ、
妥協せず、細部までこだわり抜く
「ピセア」がデザインを提供している内モンゴルの工場では、整毛し綿毛の状態にしてから染色します。というのも、糸を染めるよりも綿毛の状態の方がより短い時間で染色を行うことができるから。染色の工程は熱を加えて行われるため、熱を加える時間は短ければ短いほど本来の風合いを残すことができる、ということです。
黒に近い濃色などは染色にも時間がかかるため、理論上では本来の風合いを残すことがなかなか難しいのだとか。実際に黒やネイビーのニットを触らせていただきましたが、風合いの微差については素人の私には正直実感できるものではありませんでした。それも綿毛から染めているからなのでしょうか。
でも、確かにこれは違う!と私にも感じられたのが、白。聞いて驚いたのですが、「ピセア」の白のニットは、無染色、あるがままの白。それなのに透明度が高く、とてもきれいです。そして、なんという柔らかさ!
「ベビーカシミヤのうぶ毛にしかない、そのままのふわふわの柔らかさを味わってもらいたいと思ったんです。綿毛のまま糸にして編んでもらっているので、ピセアのニットの中でも、白はもっともソフトでピュアですね。この風合いは、ピセアだから叶えられるもの。自慢のクオリティです」と、中田さん。
……無垢な綿毛の柔和さを素肌でまとえる贅沢と言ったら! 伺っているだけで心までほぐれ、そして暖かくなる思いでした。
「この風合いを大切に、実際に着ていただいた時に、ストレートにその良さを実感してもらいたいので、ニッティングした後の始末にも細かな部分まで気を遣ってもらっているんです。例えば、この手首のリブ部分ですが……」
リンキングと呼ばれる始末もすべて手作業で行われているのですが、手首は、リブの編み地よりも飛び出すことなくフラットになるように縫製されています。見えないところではあるけれど、確かに素肌に触れるところ。まさに細部の細部です。こういう配慮が、ベビーカシミヤのピュアな風合いをより素直に受け止めさせてくれるポイントにもなっているのだと思いました。
同時に、牧場から工場での工程を経て生まれた特別な素材を託された中田さんの気概のようなものも感じます。
この上なく素晴らしいものを、手をかけてさらに素晴らしいものにしようとする――。言葉で言うのは簡単ですが、そこにもまた作り手のパッションがぎゅっと込められているのだと感じました。大切に育まれたベビーカシミヤの、そのうぶ毛を工場で丁寧に素材にする。たくさんの愛とともに手渡されたバトンを、中田さんがしっかりと受け止め、デザインすることで息を吹き込み、またバトンが工場へと渡される。そこにあるのは、唯一無二の素材への愛であり、リスペクトであり、そして責任感の表れでもあるのかな、と。
そのニットを身につけるということは、稀少なベビーカシミヤを纏えるというだけではない、もう少し満たされた暖かさが宿されている気がします。どこか幸福感にも近いような……。「ピセア」のニットに触れながら中田さんのお話を伺っていると、そんなことを感じずにはいられませんでした。
ベーシックカラーに加えて、
シーズンカラーでメッセージを送る
ずらりと並んだニットのラインナップ。定番カラーは、白、ベージュ、グレー、ネイビー、そして黒。ラックの中でもひと際存在感を放っているのが、オレンジ。心を奪われるような鮮明な色です。
「オレンジは、今季のシーズンカラーです。これは、内モンゴルで見た赤峰山の夕焼けの色をイメージしました。ちょうど工場を訪れている時に夕日に当たって目を見張るようなオレンジに輝いている赤峰山を見ることができたんです。ピセアのベビーカシミヤも自然の恵みだから、シーズンカラーは自然の中にあるものからヒントを得ています。松井さんが今日着てらっしゃるベージュもそうなんですよ。昨年のシーズンカラーで、砂漠の色をイメージしたものです。内モンゴルは砂漠化が進みつつあって、それは大きな問題なのですが、それもまた自然の色なんですよね」
そんなお話を伺いながら、私のベージュのニットを改めて見ると、複雑なメランジェの奥行き感が表情を生み、確かに砂のようなどこか有機的な印象です。中田さんに伺ってみると、
「そうですね。ベージュと言うと単色のように聞こえるかもしれませんが、奥行きのあるこの色を出すために、7色の糸をミックスしているんです。オレンジもそうですよ。1色でなく、何色もの糸をよってこの鮮明なオレンジという色になっているんです」。
なんとも言えない独特の色味は、まさに掛け合わせの妙だったんですね。その美しい発色にすっかり魅了されて、オレンジのニットを実際に着せさせていただくことに。
夕日が沈んで、山あいがこんなオレンジに染まるなんて! その朱色に近いオレンジは、人の視線を集めるエネルギッシュな色。血色を上げてくれ、華やぎも添えてくれます。フェードカラーのデニムとも相性が良くて、重たくなりがちな冬の着こなしのムードをパッと変えてくれそうです。
サイズは4。メンズにも対応可能なビッグシルエットです。首元のゆるっとたまるネックデザインが北風を妨げ、顔もキュッとコンパクトに見せてくれます。なるほど、デザインも計算されていますよね。そしてさらに、たっぷりとボリュームのあるニットですが、その着心地はとっても軽やか。美しい発色も、この軽さも、やはり行き着くのはベビーカシミヤのうぶ毛の素晴らしさ、ということに尽きます。
唯一無二のバージンヘアを
素肌で楽しむ、冬ならではの贅沢
「これも素晴らしい!」と思わず言ってしまったのが、こちら。ベビーカシミヤのタンクトップです。この他、アンダーウェアになるハーフパンツも。最高に贅沢で、最高に心地の良いセットアップです! 素肌も喜ぶ、このなめらかさと柔らかさ。このセットがあれば冬も薄着で過ごせそうです。真冬の生活のクオリティを上げてくれるのは、まさにこんな特別なアンダーウェアだとつくづく思います。しかもこのカッティング! 絶妙にくりが深く、インした時にも響かないというのもお見事です。
一枚のニットが、ピセアの樹1本に。
草原を取り戻し、カシミヤのクオリティを高める
リブランディングの際に掲げたというテーマ、「NEW POSSIBILITIES OF CASHMERE(カシミヤの新しい可能性)」。それは、高品質を守り抜き、今に寄り添うデザインでカシミヤの可能性を切り開く、ということだけではありません。
「ブランド名のピセアは、内モンゴルの草原地帯に生息する針葉樹の『ピセア』です。ベージュが砂漠化した内モンゴルの大地の色と言いましたが、草原退化は現地の深刻な問題で。モンゴルの民族、そしてカシミヤ山羊が暮らす環境を守り続けることがすべてのスタートであり、カシミヤのクオリティをより高いものにするので、現地の植樹活動にも取り組んでいます。1枚買っていただくと、ピセアの樹を1本植樹するという目標を掲げ、小さな一歩ですが、続けていくことでこの先何千年と残るものにきっとなるだろう、と」
クリスマスツリーにも好まれるというピセアの樹。内モンゴルの草原にはピセアの森もあるそうです。ピセアのお気に入りのニット1枚が、遠い地に根付く1本のピセアとなって、いずれ豊かな森の一部になる。買って着て満足するだけではない、未来への種まきの1ピースとなれるのもありがたいことだと改めて思いました。
未来に続く、ピセアのニット。何かの犠牲の上に成り立つものではないということ、そして喜びとともに「次」を生む仕組みがあるということが、今の時代においてどれほど貴重だということを、そしてどれほど素晴らしいのかをつくづく実感しました。そして、どこか心が軽くなりました。
大切に、大切に。私のワードローブにも毎年1枚ずつ、愛を持ってピセアのカシミヤニットを増やしていきたい、そう思います。
季節がより深まって、寒い冬がやってくるのを今年はどこか楽しみにしています。
(右)中田優也さん・PICEA クリエイティブディレクター
アカデミー・アンテルナショナル・ドゥ・クープ・ドゥ・パリ、名古屋学芸大学を卒業したのち、文化ファッション大学院大学を首席で修了。国内のアパレル会社を経て独立後、2017年に自身のブランドである「ポステレガント」でデビュー。2020年AWシーズンから「ピセア」のクリエイティブディレクターに就任。
Instagram:@picea_cashmere
PICEA : https://www.picea.co.jp/
ESCAPERS online : https://escapers.jp/category/PICEA/
(左)松井陽子:エディター&ライターとして、雑誌やカタログなどで活躍中。湘南在住。家族は藍染師の夫と、20代2人、10歳の子と猫。mi-molletで月に2回アップされる「スタッフの今日のコーデ」も人気。Instagram:@yoko_matsui_0628
撮影/田中駿伍
モデル・構成・文/松井陽子
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