「スタッフの今日のコーデ」の私服姿にファンの多いエディター・松井陽子さん。記事の中でも松井さんのスタイリングにもよく登場する、「もはや体の一部のよう」という最愛のファッションアイテムの魅力をお届けする連載企画です。

Vol.06
ベビーカシミヤブランド「PICEA」
ディレクター中田優也さんを訪れて

 

第6回目にご紹介するのは、国内発のカシミヤブランド「PICEA(ピセア)」。内モンゴル産の世界最高水準を誇るベビーカシミヤのみを使用してオリジナルのニットアイテムを作っているブランドです。デザインを提供している内モンゴルの協力工場では、カシミヤ山羊を育てる牧場があり、整毛から紡績、染色、ニッティング、そして仕上げまで一貫して行っているのだそう。そんな「ピセア」の唯一無二のものづくりに向き合うディレクターの中田優也さんに、松井さんがお話を伺いました。


前回記事
ロンハーマン根岸由香里さんが考える「ファッションを通して実現できるSDGsとは?」>>

 

愛を持って長く身につけたい
「優しさ」で作られた、ベビーカシミヤのニット

 

「PICEA(ピセア)」のディレクター中田優也さん。中田さんは、「POSTELEGANT(ポステレガント)」のディレクターとしても活躍中。ポステレガントといえば、素材の美しさと、それを最大限に引き立てる洗練された佇まいのアイテムが揃うと、ファッションプロたちからも絶大なる支持を集めるブランドです。それだけでなく、インテリアブランドなどのディレクションなども行っているそう。とにかく、ハイセンスな才能の持ち主!

 
 

美しい色、そして柔らかな肌触りについつい見惚れてしまいます。私が着ているのは、Tシャツ半袖ニット。メランジェのベージュは、独特の奥行き感があってとてもいい感じです。

四季の中で、冬が一番苦手な私は知っています。体が縮こまるような寒い冬の日に、暖かい空気をたっぷりと含んだ、ふわふわの柔らかなニットに包まれるその幸福感を。それだけで心のコリまで解されるようで、うっとり、おおらかで優しい気持ちになれることを。どこか余裕が生まれ、苦手な季節さえポジティブになれるのだから不思議です。

私だけではなく、きっとそれは皆さんも同じですよね。そんな私は、毎年来たる冬の準備はアウターよりも何よりも、まずは無条件に身を委ねられる本命のニット選びから始まります。

「ピセア」との出会いは、一年前のこと。撮影でクルーネックのニットとジョグパンツを着用させていただく機会があったのですが、その時の心地の良さが体にずっと残っていました。

カシミヤのニットは数多あるけれど、私の知っているもの、袖を通してきたものとは何かが違う。その「何か」を知りたくて、ディレクターの中田優也さんにお話を伺うことに。そう、私にとっては一年越しの「ピセア」です。今回も、なんともうれしく、そして豊かな時間となりました。


使用するのは、ベビーカシミヤの産毛のみ
それがピセアの魅力であり、強み


「カシミヤは特別」という実感こそありますが、昔に比べより買い求めやすくなり、広く親まれるようになっています。だから、素材そのものに対してさして深掘りすることもなく、これまで意外とぼんやりと捉えていました。

恥ずかしながら、カシミヤは羊の一種の毛なのかと思っていましたが、正しくはカシミヤ山羊のうぶ毛です。その名は、インドの北部・カシミール地方の山羊の毛に由来するもので、古くシルクロードを通じヨーロッパに渡ったのだとか。目を見張るようなその美しさと暖かさが貴族の間で評判となり知名度を上げたそうです。内モンゴルをはじめ、中国、中東の国々が産地として有名で、生息しているのは、冬は零下30℃以下で真夏は30℃をゆうに超える極寒と猛暑の土地。その厳しい自然環境のもと、体を守るために冬に向けて蓄えてきた毛の内側に生えるうぶ毛が夏を手前に抜け始めるのですが、それをカットしたものがいわゆる「カシミヤ」です。

大人のカシミヤ山羊から採取できるうぶ毛の量は1頭あたり80〜90グラム。そもそも稀少なカシミヤですが、ピセアで使用しているのは、さらに生後約1年以内のベビーカシミヤに限定しています。そのうぶ毛とは、まさに一生涯に一度だけのバージンヘア。その量、1頭あたりわずかに30グラムほど……! カシミヤの中でもさらに稀少性が高く、まさに神様からの贈り物のようなピュアで唯一無二の素材なのです。

「そうなんです。とんでもなく贅沢な素材なんです。初めてピセアのニットに触れた時に、このカシミヤはすごいなと感激しましたね。いくつかのブランドを手がけているので、僕自身、生地に関してはかなり色々なもの見て触ってきているつもりでしたが、これは違う、本当に特別だな、って。だからディレクションの話をいただいた時は正直うれしかったです。このベビーカシミヤを原料に服を作れるなんて、なんて幸せなことだろうって、そんなふうに思いました」と、ゆっくりと言葉を選びながら中田さんが話してくれました。

もともと百貨店などのプライベートブランドのカシミヤニットの制作などを行っていたPICEA社は、内モンゴルにあるカシミア工場との深いつながりがありました。その工場は、牧場でカシミヤ山羊の飼育も行い、整毛、紡績、染色、ニッティング、そして仕上げまで自社管理のもと一貫して行っています。目を見張るような高いクオリティーのニットを生み出す技術力があるその工場と、もっと自由に、より豊かに、カシミヤの素晴らしさを伝えられるブランドを作りたいと2017年にブランドとしてピセアをスタートさせます。そして、’20年に「NEW POSSBILITIES OF CASHMERE(カシミヤの新しい可能性)」をテーマにリブランディングを図ることになるのですが、その際に新たにディレクターに就任したのが中田さんでした。

「過酷な寒さの中で冬を越すため、内モンゴルのカシミヤは特に繊維が細く品質がとても良いとされているのですが、そのベビーカシミヤのうぶ毛の綿毛から紡がれる糸は、繊維がさらに細く、そして軽いんです。生後1年未満の子山羊ですから、採取できる量はごくわずか。それでも、その稀少なベビーカシミヤのみを使用するということにこだわっているのがピセアならではの大きな魅力であり、強みなんです」と、中田さん。

 

ピセアのニットはこのベビーカシミヤのうぶ毛から作られています。なんとも穏やかな表情で可愛いらしい(笑)。ふわふわの毛に覆われていますが、原料となるのは内側のさらに柔らかなうぶ毛のみ! お話を伺えば伺うほど、それがどれほど贅沢なことなのかを知ることができました。

 

この写真は中田さんが今年になって実際に内モンゴルの工場と牧場を訪れた際に撮影されたものです。コロナでなかなか行けずにいましたが、今年になってようやく実現。愛を持って育てられていることが実感できたそうです。

牧場では、カシミヤ山羊の子山羊たちが可愛がられながら大切に育てられていて、冬を越えて春がやってくる頃、毛の生え変わる時期が来ると、毛の内側のうぶ毛を一頭一頭丁寧にハンドカットします。その柔らかなうぶ毛を、まずは整毛という工程でふわふわの綿毛の状態に。

集められたカシミヤの毛は、まずは手作業で原毛を選別します。見るからに柔らかそうで、暖かそう!

さらに工程を経て整毛の状態に。向こう側が透けるほど繊細です。そしてこのふわっふわ感! なんともピュアでフラッフィーな風合いは、 眺めているだけでも幸せな気分になれます。

カシミヤの機能性をもっと知りたくて、インターネットを駆使して少しお勉強しました。人の髪の毛の太さが70〜80マイクロン(1マイクロンは1/1000mm)とされていますが、一般的な羊毛はおよそ19〜24マイクロンほど。カシミヤの毛の直径はおよそ14〜16マイクロンで、天然獣毛の中でも圧倒的に細くて軽いとされているそうです。

ということは、ベビーカシミヤのうぶ毛はさらに細くて、極めて繊細だということ。人間を例にして良いのかは分かりませんが、大人の髪の毛と赤ちゃんのうぶ毛はまるで別物ですからね。そう思うと、ベビーカシミヤのうぶ毛はさらにさらにふわふわで、よりなめらか。そしてもはや「重さ」というものもないほどの軽さなのではないかと想像できます。

同じ太さの糸でも、その繊維が細いほど多くの繊維を含んだ糸となります。さらにカシミヤの毛はカーリーなのでより複雑に繊維が絡み合い、空気をたくさん抱き込むことができるそうです。外気をシャットアウトしつつ放熱を抑えることができるので、カシミヤが特別に暖かいというのは、繊維構造上、理にかなっているということです。

毛の表面のキューティクルも大きな役割を果たしています。カシミヤのキューティクルはまばらで突起が小さく、それがカシミヤのニット特有の美しくなめらかな表情につながっています。それだけでなく、キューティクルは呼吸するように開閉し、空気中の水分を取り込んだり吐き出したりして湿度を調整し、快適に保ってくれるという優れた性質も持っています。天然繊維の中でも特に吸湿性が高く、それゆえ暖かいのに蒸れにくいという理想的な心地の良さをかなえてくれるのです。

「極寒の土地を生き延びるための機能が見事に詰まっているんです。さらに繊細な天然のうぶ毛ですからね。ピセアのニットは、チクチクするのが苦手な方、敏感肌の方や、冬は特に乾燥が気になる方にもぜひ袖を通していただきたいですね」。

……確かにそう。この日の私はピセアの半袖ニットを着ているのですが、本当に本当に暖かい! 中田さんの穏やかながら熱いお話を伺っていたら汗ばむくらいです。(笑)

 
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