間違いだらけ
洋司は、鋭く叫ぶと、素早くリュックを前に回して鈴を手にし、めちゃくちゃに振り回した。
「人間だぞ! 来るな! こっちに来るな!」
獣じみた声を上げながら、洋司が両手を振り上げて叫ぶ。私は恐怖のあまり、立ちすくんでしまう。本物の熊なんて……! 冗談じゃない。
洋司の背中に隠れようとしたが、彼は私の動きが目に入らないのか、右のほうにとびすさってしまい、私のほうが気配のある茂みに近い位置になってしまった。
「いや……!」
臆病な熊は人間がいるとわかれば避けてくれる、という話をきいたことがある。
大きな声を出そうと、息を吸ったとき。
茂みから、悠々と、私の腰ほども体高がある真っ黒な熊が出てきた。
「……!」
私の体は金縛りにあったように動かなくなる。叫び出して逃げたい心とは裏腹に、体は棒立ちだ。
それは本能的な反応だった。腰が10度くらい曲がった状態で、腕と脇に20センチほどの隙間ができる、猫背のような状態。あたかも1本の木のように、私は息を止めてそこで立ち尽くした。
「うわあッ、あっちいけよ!」
私の後ろにいた洋司が、後ずさりして転び、大きな声を出す。
――なんで叫ぶの! どうして背中を見せて逃げるの! 映画に出て来る、一番に追われて襲われる人そのものじゃない!
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