違和感の正体
「ユリ、今日は疲れただろう。シャワーは廊下の突き当りだよ。自由に使って」
考え込む私をみて、疲れたと思ったのだろう、エリックがにこやかに案内してくれる。
「ありがとう、助かります」
私は簡単に2人分の食器を洗ったあと、二階に上がって、洗顔道具やパジャマを取り出した。あらためてエリックが荷物を上げてくれた部屋を見回す。心地よく整えられていて、レイとメアリーの心遣いを感じた。明日会えたら、しっかり御礼を伝えたい。お土産の一部だった焼き鳥の缶詰は全部食べてしまったけれど……。
スマホと着替えを持って1階のバスルームに入った。エリックはリビングのソファに座って、まだゆっくりとワインを飲んでいる。
――そういえば、この家の間取り……3LDKで、2階に寝室が2部屋。右がレイたちの部屋、左が私のステイ部屋。1階にもう一部屋あるけど、書斎だったな。ということは、エリックは普段、ここには住んでない、よね?
最初に漠然と感じた違和感がよみがえってくる。
レイたちは60歳。メールでやり取りしたとき、なんとなく、息子はもうずっと前に独立したようなイメージを抱いていた。しかしエリックはどうみても私より年下。
――遅くにできた子どもなのかな……?
でもあの写真のレイとメアリーは、1歳くらいのエリックを抱っこして、どうみても20代だ。
おかしい。年齢が合わないような気がする。
スマホで確認すると、ロンドン時間で20時。私は思い切ってレイの電話番号をリダイヤルした。
ピピピ、ピピピ。
どこかで、かすかに、呼び出し音が鳴った。
窓の外? ……裏庭?
反射的に電話を切ると、2秒ほどの時差のあと、遠くに聞こえた着信音もブツリと途絶えた。夜の静寂が、ふたたび暗い窓の外に広がる。
――どうして、レイのスマホが庭にあるの? 忘れていった……? ずっと庭先にあるってこと? でもさっき、エリックはレイと携帯で確認した、って言ったよね?
暗くなった窓の外で、庭木がざわざわと音を立てている。隣家は、闇に紛れてどこにあるのかさえよくわからない。
「あれ? シャワーの出し方、わからなかったかい?」
私がリビングに服のまま戻ると、ソファの「エリック」は振り返ってにっこりと笑った。
「……シャワーは、朝浴びる習慣なので、顔だけ洗いました。ありがとうございます。あの、エリックも、シャワー使ってください」
「僕はいいんだ、それよりも、ここに座って、もう少し一緒に飲まない? イギリスの夜は、長いからね」
私は、差し出されたグラスを手に取るべきか、それとも一目散にドアの外に飛び出すべきか、決められないまま、手の震えを悟られないようになんとかほほえんでいた。
次回予告
帰宅後、玄関先に立っていた男性の正体は……?
イラスト/Semo
構成/山本理沙
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