迷いや葛藤を重ねながら、それでも楽しく生きるには
――鬼卵については、改めて調べて、どんな印象を受けましたか?
文人としてなかなか芽が出ない、その焦りは私自身、重なるところもあったんですけど、意外と世渡り上手なんだなあ、と。大坂にいる間も、華やかな交友関係を楽しみながら創作活動をしているし、大阪を離れたあとも、行く先々で支援者が現れて、あんまり衣食住には困らないとか。
――大成したいという想いは強いけれど、基本的に流れに逆らわず生きている人ですよね。大阪を出て東海地方に行くことになったのも、同門の狂歌師である夜燕さんと結婚することになったのも、全部人に勧められるがままですし。
しかも、意外とリベラルなんですよね。『東海道人物志』(鬼卵が制作した、街道筋に住むさまざまな有名人たちを集めた図録のようなもの)にも多くの女性が登場しますし、彼の書く物語には、強い女性がヒロインとして登場することが多い。2007年に歌舞伎で上演され、松本幸四郎さんが主演を務めた『長柄長者黄鳥塚(ながらちょうじゃ うぐいすづか)』は、物乞いのなりをした男に長者の娘が一目惚れをするという、当時の価値観に照らせば考えられない設定の物語で、身分差についてもフラットに考えたい人だったのかもしれない、と思いました。江戸時代は確固たる封建社会だと思っていたけれど、鬼卵みたいに変わった人が一定数いたのだと思うと、親しみがわきます。
――何事に対しても垣根のない性格が、支援者があとを絶たなかった所以であり、定信も耳を傾けずにはいられなかったのかな、と読んでいても感じました。
とはいえ、鬼卵みたいな人だけを書いていたら物語にはしにくいので、定信という重石のような存在と対比的に描けたのが、やはりよかったなあと思います。小説では、17~8歳の主人公を据えたほうが華と勢いが生まれますし、読み終えたあとも爽快感が吹き抜ける。そういう小説を読むのは私も好きですが、すでにその時期を通り過ぎてしまった身としては、あんまり、自己投影はできないんですよね。若いときとは違って、簡単には捨て去れないしがらみを抱え、迷いや葛藤を重ねながら、それでも楽しく生きるにはどうしたらいいのか。対比的な二人を通じて、読者のみなさんも感じていただけたら嬉しいですね。
インタビュー後編は1月25日公開予定です。
『きらん風月』永井紗耶子・著 講談社・刊 1980円
家督を息子に譲り隠居生活を送る松平定信は、旅の途中、日坂の宿の煙草屋で栗杖亭鬼卵と出会う。鬼卵が店先で始めた昔語りは、やがて定信の半生をも照らし出し……。2023年『木挽町のあだ討ち』で直木賞、山本周五郎賞をダブル受賞を果たした今最も注目される時代小説作家、受賞第一作。
撮影/森 清
取材・文/立花もも
構成/山崎 恵
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