不穏なやりとり


「あの、来ました、指示の場所に。ピンポンしないで、ここで待ってたらいいんですよね? え? はい、さっきコインロッカーから出してきました、でもオレ、これを着ても大人には見えないと思いますけど……って、はいわかりました、じゃあ着替えて、待ってます」

オレは踊り場から身を乗り出して、様子を伺った。塀の内側で、キャップにジャージを着た男の子が、せっせといかにもペラペラのスーツに着替え、ネクタイをしている。

「あれ? 靴が入ってないぞ? ちきしょー、こんな汚いスニーカーじゃ、ますます偽物だってわかっちゃうじゃんかよ」

困惑した様子の彼は、ちぇ、と口を尖らせると、着替え終わって所在なさげに壁にもたれた。向かいのマンションを気にしている。

 

「えーと、小島文子さん。小島様、か。『こんばんは、小島様、先ほど電話した者が急用で、私、山田が代わりに受け取りに参りました』って言えばいいんだよね。18時まで、あと10分か……」

彼はスマホを見ながらぶつぶつとつぶやいている。声の様子、口調から、まだ10代……高校生くらいじゃないかという気がした。

オレは、思わずたばこを取り出しそうになり、そういえば禁煙しているのだと思い出した。久しぶりに、吸いたい気分だった。

……面倒なものを見てしまったかもしれない。

 

「あのさ、君。ちょっとさ、悪いんだけど、そこオレのポジションなのよ。ついでに君が目立つ感じでそこにいるとさ、俺の獲物が警戒して出てこないから」

「!?」

急に頭上から声をかけられて、彼は心底驚いたというふうに飛び上がってこちらを見上げた。

「え!? ここですか? あの、勝手に入ってすいません……」

もっといきがってくるかと思ったが、『山田くん』は素直に頭を下げた。スーツを着ると、華奢な肩が目立った。可愛い顔をしていて、童顔と言ってもいいだろう。サイズの合っていないスーツにスニーカーで、どう見ても会社員のコスプレみたいになっている。

オレはボストンバッグを肩にかけると、とんとんと非常階段を下りた。彼は怯えたような目でこちらを見ている。

「ほいよ。とりま、食う?」

オレはさっきまで食べていた、5個入りのあんぱんが入ったビニール袋を差し出した。彼は戸惑いながらも、あざす、でも大丈夫です、と頭を下げた。

もっといきがった感じで返事をしてくると思ったら、思いのほか素直だ。

そしてとにかく落ち着かない様子で、向かいのマンションのエントランスに視線を泳がせている。

オレの予感は確信に変わった。