平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 


第55話 黒い約束と白い約束

 

「おはようございます! よろしくお願いします」

ナースステーションに入るときには、全員の顔を見回して、できるだけ大きいな声で挨拶をすることにしている。元気が出ない理由があるときは、ことさらに。

私たちは「オペ看」、オペレーションナース。手術室付の看護師であり、日常に独特の緊張感がある。他の科に比べると、体育会系の雰囲気も。

大学の医学部看護科を出て、この大学附属病院に勤めて4年。どうにか手術室で足をひっぱらない程度になってきた。道のりは長い。

「藤村さん、今日の午後は会田美菜ちゃんのオペ、長丁場だからしっかりお昼食べてね。午前中の外回り、お願いします」

師長に伝えられ、私はできるだけ表情を出さないように気をつけながら「はい!」と答えた。手術の現場が基本的に好きな私が、今日は怯んでいることが、バレなかったろうか。

――美菜ちゃん……来月、7歳ね。

うちの病院では、オペ中、ナースはドクターにメスなどの手術器具を渡す「器械出し」担当と、手術室でそれ以外の全てを担当する「外回り」に分かれる。私が今日担当する外回りは、手術の前に患者さんと話して、体調などを観察することも含まれる。

――久しぶりに、子どもの担当だわ。

誰にも言っていないけれど。私はある理由から、子どもの手術の担当がとても、とても苦手なのだ。