とある事情により、20年ぶりに帰国し富士山の見える地方都市・晴見市にやってきた元マエストロ(指揮者)の夏目俊平(西島秀俊)。再び同居することになった2人の子どものうち長女の響(芦田愛菜)は、5年前のある出来事が原因でほとんど口もきいてくれません。そのときに指揮の仕事を辞め、音楽から離れていた夏目でしたが、晴見市の市民オーケストラ・晴見フィルの指揮を引き受けることになってしまいます。

バラバラになってしまった家族と、存続の危機にあるオーケストラ。『さよならマエストロ』(TBS系)は2つの物語を軸に、夏目家やオーケストラの面々、そして彼らをとりまく音楽にスポットが当たります。キャラが立った登場人物たちは愛おしく、富士山の見える自然豊かな景色に晴れやかな気持ちになります。


“音楽のあらがえない魅力”が描かれている
 

個人的にこの作品のいちばんの魅力は、なんといっても“音楽のあらがえない魅力”のようなものが描かれているところだと思います。みんなが演奏しているときの生き生きとした顔が本当によくて、クラシックや楽器のことはよくわからなくても、この人たちは今最高に楽しんでいるんだなというのが、顔つきから伝わってきます。

 


個人的な話ですが、筆者は母や祖母がピアノの先生をしており、高校生以降はバンドもやっていたため、腕前は大したことないのですが子どもの頃から比較的楽器を演奏する機会が多かったのです。本当にたまにですが演奏しているとき、「空間がひとつになる瞬間」みたいなものを味わえることがあって、それをまた味わいたくてまた音楽を続けてしまう、というような感覚がありました。

『さよならマエストロ』の演奏シーンを観て、そういう瞬間を思い出して胸が熱くなりました。楽器を問わず、演奏経験者でまた弾きたいなと思った方、いらっしゃるのではないでしょうか。

作中では夏目も響も、チェロ奏者の蓮(佐藤緋美)も一度は音楽を辞めていました。夏目も蓮も晴見フィルに誘われた当初は断るけれど、音楽をやることの魅力からは逃れられなくて再び音楽の世界に戻ってきました。5年前の一件から夏目のことも音楽のことも嫌っていた響でさえ、メンバー不在の練習室でバイオリンを手に取り、弾いてしまうのです。本当は音楽が嫌いなんじゃなくて、好きでたまらなかったであろうことがわかります。みんな、音楽から逃れようと思っても戻ってきてしまう。そんな引力が感じられる作品です。


演奏といえば、夏目が妻・志帆(石田ゆり子)にプロポーズしたのは誰? と疑念を抱いているときにした演奏中のアイコンタクトが最高でした。いつも笑顔の夏目ににらまれる面々がみんなドギマギする中、蓮だけは「なんですか?!」とにらみ返すところがキャラが出ていてよかったです(笑)。