「普通とは違う不幸な人」ではない現実を認めて、議論しなければいけない

この映画が韓国の映画祭で上映された時、観客からは「なんでこのような不幸ポルノを見せるのか?」という厳しい質問が飛んだのだとか。思い出すのは、アカデミー賞を獲得した『パラサイト 半地下の家族』が世界的に注目を集めた時に出てきた「なぜ韓国の恥を晒すのか?」という批判です。同じようなことは、日本の是枝裕和監督作『万引き家族』でも起こったと記憶しています。

イ監督:そのように感じる方の気持ちも十分に理解できます。でも「恥を晒した」と映画を非難をするのではなく、そうした現実をあることそれ自体を「恥ずかしい」と思うべきだし、そういう現実があると認めることが大事ではないかなと思うんです。『パラサイト 半地下の家族』には、金持ちの主人が貧乏人に対して「地下鉄の中みたいな臭いがする」と蔑むセリフがあり、ポン・ジュノ監督の虚をつくような才能を感じるんですが、実際のところ韓国人の90%が地下鉄を利用しているんですよね。つまり『パラサイト 半地下の家族』で描かれたすべてが「恥を晒している」というわけではないんですが、とはいえ現実の部分を人々は受け入れたがらない、それが人間の本性なんだなというふうに思いました。韓国には是枝監督ファンがたくさんいますし、多くの方が『万引き家族』を見たと思いますが、韓国人の中には「それでも日本の福祉は韓国よりはマシ」という雰囲気があると思います。


さて、「不幸ポルノ」というある種の拒否反応に、イ・ソルヒ監督はなんと答えたのでしょうか。

イ監督:私には「皆さんに不幸を展示しよう」というような意図はなく、ただ映画に登場する人物を、誰もが振り返ればそこにいるような物にしたいという風に思っていました。すべての登場人物は私達の周囲に普通にいる、母親とか父親とか友人とか、そんな人物に見えるようにしたいと思っていたんです。ただムンジョンはヘルパーという仕事をしている人ですし、知的障害を持ったキャラクターもいたので、観客の皆さんは「普通とは違う不幸な人」と言う風に感じたようです。私はそうした人々が「片隅におかれた人」とは見えないように描こうと思っていました。自分とは無関係なことと思ってはいけないと考えていましたし、観客の方にもそう思ってほしくはありません。見方によっては温かいドラマなんですよ、というような話をしたと思います。

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「見方によっては温かいドラマ」と監督が自負するサスペンススリラーは、一度見始めたらそのハラハラに心臓を掴まれ、主人公ムンジョンの行く末を確かめずにいられません。「今の観客はどうしても美しいもの、楽しいものしか見たがらない」という監督ですが、作品の面白さと見終わった後に心に残る感覚は、それに匹敵するものがあるように思います。


イ監督:私は映画の作り手として、社会が抱える様々な問題について議論を呼びたい、議論しなければいけないという立場にいると考えています。映画に描かれているいろいろな社会問題はどの国にも共通するものだと思いますが、とはいえ韓国ではそういった問題は特に深刻な状況で現れているという風には思います。決して美しくはない、耳ざわりのよくない話であっても、決して避けずに直視してほしいと伝えたいんです。何らかのシステムのようなものを少しでも変えてゆくためには、正面から対峙しないといけません。

 


 INFORMATION 
『ビニールハウス』 
3/15(金)よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開 

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半地下はまだマシ…貧困や孤独、介護などの社会問題に根ざした濃密なサスペンス

ビニールハウスに暮らすムンジョンの夢は、少年院にいる息子と再び一緒に暮らすこと。引っ越し資金を稼ぐために盲目の老人テガンと、その妻で重い認知症を患うファオクの訪問介護士として働いている。そんなある日、風呂場で突然暴れ出したファオクが、ムンジョンとの揉み合いの最中に床に後頭部を打ちつけ、そのまま息絶えてしまう。ムンジョンは息子との未来を守るため、認知症の自分の母親を連れて来て、ファオクの身代わりに据える。絶望の中で咄嗟に下したこの決断は、さらなる取り返しのつかない悲劇を招き寄せるのだった――。

監督・脚本・編集:イ・ソルヒ
出演:キム・ソヒョン、ヤン・ジェソン、シン・ヨンスク、ウォン・ミウォン、アン・ソヨ
2022 年/韓国/韓国語/100 分/カラー/2.39:1/5.1ch 
原題:비닐하우스 字幕:大塚毅彦 配給:ミモザフィルムズ
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取材・文/渥美志保
構成/坂口彩
 

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