「冬ソナ」ブームが起こった日本でなら、トロットのオーディション番組が盛り上がるのではないか


――アメリカ、中国など様々な音楽市場があるなかで、日本でトロットのオーディション番組をやろうと思ったのは、日本の音楽とトロットに似た情緒を感じたからでしょうか。

チョン:わたしは韓国でミドルエイジの女性たちがトロットのオーディション番組に突然熱狂し始めたのを見て、すごく新鮮な衝撃を受けました。でも、日本はファン層が厚いですよね。過去には「冬のソナタ」がミドルエイジの女性たちの間で流行ったように。だから、日本で大人のためのオーディション番組をやれば、みなさんに愛してもらえる番組に なるのではないかと思いました。アメリカなど他の国もありますが、日本はミドルエイジの人が熱いので、日本で盛り上がるのではないかと思った。それが1つ目です。

2つ目の理由は、トロットというジャンルは日本の演歌から生まれたものなので、音楽的な共通点があるのではないかと思いました。日本人には、世界の他のどの国 の人たちよりもトロットが心にしみて伝わるのではないかと。

3つ目は、私自身が日本とタッグを組んできたからです。IZ*ONEが誕生した「PRODUCE 48」やJO1、そしてINIを生んだ「PRODUCE 101 JAPAN」など、日本と一緒にやるオーディション番組に携わってきました。
 

 


軍事政権の下、韓国音楽シーンは日本ほど洋楽の影響を受けることなく、トロットが一大勢力に。90年代以降には「現代トロット」も誕生


――そもそもトロットは、演歌から来ているとおっしゃいました。作曲家・ギタリストの古賀政男さんが朝鮮半島にもちこんだ演歌がトロットになった、という説もあります。トロットの定義について教えてください。

チョン:トロットの源流が日本の演歌にあるという考え方は合っていると思います。演歌が朝鮮半島に入ったのは、1930~40年代だと見られています。1950年代ぐらいまでは、トロットと演歌は同じような音楽だったと言えます。ただその後、社会状況などによって、日本と韓国では流れが変わっていきました。

日本は1960年代になると、ビートルズをはじめとする洋楽の影響を受けました。はっぴいえんどのように、日本の歌詞やスタイルで歌うロックも生まれ、歌謡曲、フォークなどジャンルが細分化。そんな中、歴史がある演歌というジャンルは、年齢の高い人に好まれる音楽として、伝統的なサウンドを保ってきました。

一方韓国は、北朝鮮と対峙するなか軍事政権が国を掌握し、1960 年から70 年代にかけて外国からいろいろなものが入ってくるのを制限していました。もちろん、洋楽も入ってきてビートルズも有名にはなりましたが、テレビやレコード、コンサートはかなり制限されていたため、日本のように洋楽の影響を大きく受ける状況ではありませんでした。トロットも50年~70年代には日本の演歌に比べると国内で大きな勢力を保っていて、テレビで流れる音楽は、半分近くがトロット。80年代ぐらいまでは人々が集まって酒を飲んで歌ったりする席での定番は、トロットでした。日本は演歌よりも歌謡曲、フォーク、バラードが広く歌われてきたのではないかと思います。韓国では今もテレビをつけると、トロットが20%から30%ぐらい流れています。日本での演歌は5%ぐらいではないでしょうか。

90年代以降は、若い人も聴く「現代トロット」が生まれました。トロットの定義も変化して、韓国でオーディションの参加者たちが歌った曲も、実は伝統的なトロットだけではありません。キム・グァンソクという韓国で有名なフォーク歌手がいるのですが、その人の曲が歌われたり、ロックも歌われたりしていました。他のジャンルの曲が混ざり、そうした曲がトロットを好きな年齢の高い人たちに知られるきっかけにもなったのです。

――トロットのオーディションでありながら、懐メロのような曲も含まれるのですね。

チョン:そうです。年齢が高い人たちが学生時代に好きだった曲を、若い人が歌う。そうすれば眠っていた感覚が目覚めるのではないかというのが、韓国でのトロットオーディションの隠されたコンセプトだったのです。基本的にトロットというジャンルの幅が広いため自然にこうした形でオーディションが行われたとも言えます。