いつのまにか並んだ肩
流花は、部屋に走っていって、手になにかの用紙を持って戻ってきた。「いただきまーす」とパンケーキをほおばり、私にその用紙の説明を始める。
「ね、これ見て。夏の10日間、ホストファミリー募集っていうの。市役所で募集してたんだ。部活の先輩がね、高校になったらホームステイいきたいって言っててひらめいたんだけど、いっそ私たちが外国人留学生のホストファミリーになるのはどう?
私もまだ英語だけでコミュニケーションとるのは難しいし、日本語を学びたい外国人大学生、ってお姉ちゃんができるみたいで楽しそう! 朝ごはんだけ用意してあげる約束で、食費と滞在費として1日5000円もいただけるんだって。夏休みならさ、私が名所案内くらいできるし。日本語でたくさんおしゃべりして、代わりにちょっとだけ英語教わったらちょうどいいかなって」
「え、ちょ、ちょっと待って、ホスト!? 考えたこともないわ、そんな制度。だって、朝ごはん、毎回何を出したらいいか……忙しくていつもトーストとハムエッグだもん。それに、部屋は? ホストファミリーって、豪華な一軒家のご家庭がやるものでしょ? うちみたいな小さなマンションじゃ無理だよ」
すると流花は人差し指を立て、マンガみたいに舌を鳴らした。
「あのねママ、令和の時代、大都会でそんな家に限定してたらホスト集まらないよ。これ市役所経由の再募集で、近所の啓明大学に交換留学に来る子のステイ先を探してるんだって。つまり、この近所で、個室があればOKって書いてあるし、朝もシリアルとフルーツ、サラダのイメージ写真が載ってる。ステイ中は私、ママの部屋で一緒に寝るから問題なし! ねえ、この説明会、行ってみようよ! 私、高―い語学研修より断然こっち派!」
私はあっけにとられて、流花の顔を見た。
情報を集める力。行動力。そしてビハインドをものともしない自己肯定感。お友達を信じる健全な心。
――私よりもう、よっぽど前を歩いてる!
勝手に彼女を「可哀想な片親の子」だなんて思って、失礼なのは私。私の後悔は彼女には関係ない。私と流花はぴったりと寄り添い、支えあい、それでも人生は別のもの。全くの、別物。
「ママ!? どうした? 何事?」
涙がこぼれた私を、娘の腕が抱きしめる。いつの間にか身長も私より高いし、腕もこんなに長い。
私はずっとそばにいる。でもいつかいなくなる。だからこそ――。
嬉しくて、ほんの少し寂しくて、そしてその倍も幸せで。てのひらのなかの幸福を教えてくれる愛しい娘を力強く、抱きしめ返した。
次回予告
年上の夫が60歳で定年に。妻には毎日家にいる夫を許せない理由があって……?
イラスト/Semo
編集/山本理沙
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