ダメな選手だった僕は、誰かに信じてほしかった


————WBCで不振に苦しんでいた村上宗隆選手を信じて使い続け、準決勝での劇的な逆転サヨナラ打に導いた栗山さん。今回の著書のタイトル『信じ切る力』を象徴するエピソードですが、その信念の原点となった出来事を教えてください。

栗山英樹さん(以下、栗山):ご存知ない方も多いと思いますが、もともと僕は“落ちこぼれ”の選手としてキャリアをスタートしたんです。プロテストを受けてヤクルトスワローズに入団したのですが、同期の新人選手たちは僕よりも段違いで野球がうまかったので、開幕前の合同自主トレの段階で自信を失ってしまって。初歩的な動きもできなくなるくらい、精神的に追いつめられていました。そして、もがき苦しんでいる僕に声をかけてくれたのが二軍監督だった内藤博文さんです。

 

「プロ野球は一軍に上がらないと認められない競争社会だ。でも、俺はそんなことはどうでもいい。お前が人間としてどれだけ大きくなれるかのほうが、俺にはよっぽど大事なんだ。明日の練習で今日よりほんのちょっとでもうまくなっていればいい。だから他の選手と自分を比べるな」。当時、内藤さんが語りかけてくれた言葉は、僕の指導者人生の原点になっています。

侍選手が「監督、近っ!」栗山英樹の次元の違う熱量の源とは?“落ちこぼれ選手”から“世界一の監督”へ、人生を切り開いた「信じ切る力」_img1
 

————その後、栗山さんはプロ入り5年目に打率3割3分1厘をマークしてレギュラーの座をつかみ、翌年には守備のスペシャリストに贈られるゴールデン・グラブ賞を獲得。信頼されることが力に変わることを実感されたわけですね。

栗山:ダメな選手だった僕は、誰かに信じてほしかった。だからこそ、信じてもらえたことが嬉しくて、安心して頑張ることができたんですね。もちろんプロ野球は競争社会ですし、チームの全員が試合に出場できるわけではないので、努力が必ず報われるとは言い切れません。でも、他者を気にせず自分のレベルを高めた経験が、現役を終えた後にも自分を支えてくれて、必ず人生の勝者になれる。それは僕自身の体験から自信を持って言えることです。

出番がない選手たちの心持ちがチームのすべて


————チームを勝たせることが監督の使命だと考えると、一流の選手を寄せ集めて手っ取り早く最強軍団を作る戦い方もあると思います。芽が出る保証がない発展途上の選手にリソースを割くのはリスクもあるのでは?

栗山:結果がすべてなので、一人一人の育成に時間をかけていても、試合で勝てなければクビになってしまうこともあります。ただ、よその球団から選手を引っ張ってきて“おいしいとこどり”をしていても、長続きはしない。それは監督を長くやっていれば分かってくることです。であれば、自分はクビになったとしても、選手たちに「俺、このチームで野球をやれてよかったです!」と言ってもらえるような指導を貫くほうが、自分自身が幸せなんですよ。

なにより僕は、なかなか出番がない選手たちの心持ちがチームのすべてだと思っています。彼らが「試合に出られないから、俺には関係ない」なんて思っていたら、チームの底力が上がらないし、勝てないですよ。本当に強いチームを目指すなら、かつての僕のようなダメな選手たちのモチベーションを下げないことが一番大事なんです。チームの勝利と最下層の人間を育てることは別軸で考えられることが多いですが、僕は一致するはずだと思っています。