秘密の、リンク
晶子が表示した画面は、地図の真ん中に〇が位置している。よく見ると地図は、なぜか悟志さんが3月まで勤めていた会社周辺のものだった。
「これってさ、もしかして、悟志さんがタグ持ってて、それを朋子のスマホに持ち物として登録してるんじゃない?」
「そんなことできるの!? どういうこと……」
その時、この前私に無断でタグを持たせていたことをなじったとき、彼が口にした言葉を思い出した。
『朋子のスマホでも、俺のタグを――』
「ねえ、この登録って、簡単にできるの? 私のスマホだけど、私じゃなくても?」
「うん、Bluetoothでリンクさせるだけだから10秒くらいだよ」
悟志さんは、タグを会社からふたつもらった、と言った。ひとつは私、ひとつは自分が持って、お互いのスマホに登録したんだ、きっと。当たり前のように。
夫婦だから。
それにしても、彼はこんなところで何をしているんだろう。まだ夜は冷えるのに。
今夜は大学の同窓会のはず。……きっと60歳の友人たちは皆、バリバリの現役だろう。ずっとエリートとして威張ってきた彼は、どう感じただろうか。終わってから私に電話してみたけれど、当然でなくて。一人の家に帰るのが嫌で、もしかして会社に行ってみようと思ったのかもしれない。そのくらいしか、行くところなんてないのだ、あの人には。
その時、はっきりと、会社の前の公園のベンチに座り込む、私の夫の姿が目に浮かんだ。
「……迎えにいかなきゃ」
「はあ!? 朋子、どうした? もう21時だよ? 電話が5分つながらないだけで……落ち着いて、居場所は分かったわけだし、とりあえず大丈夫だよ。日頃さ、あんなにこき使われて、ようやく息抜きナイトだよ。もう少ししたらかけてみようよ」
沙織が慌てて私の肩に手を置く。私も逆の立場なら絶対にそういうだろう。
でも、今夜は。あの電話はきっとSOSだった。心か、体か、それは分からないけれど。長い間一緒にいる私には、なぜかそれがありありと理解できた。
「ごめん、今からダッシュで行ってくる。なんともなかったら、必ず終電か、朝、始発で戻ってくるから! 朝ごはんは絶対一緒に食べる! ごめんね」
あっけにとられているふたりを残して、私は部屋に着替えるために飛んでいく。
私を世界で一番いらだたせる夫。浮気したくせに威張り散らして、最悪な男。
これが情なのか、責任感なのか。あるいは義務感、それともかすかなに残った愛なのか。
この衝動の正体はわからなかったけれど、私はどうしてもスマホのなかで寂しく点滅するアイコンを放っておくことができなかった。
ハンドバッグだけつかむと、私はホテルを飛び出して、夫のところに向かって駆け出した。
Fin.
次回予告
夫の故郷に2回目の帰省。すると奇妙なことがおこり……?
イラスト/Semo
編集/山本理沙
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