人生に「また」なんてない
ーー続いて、これはどんな歌なんでしょうか。
またなんてないとおもっているからと燃えるあなたが言う「またあした」
坂口:これは実際の話ですね。人が次の瞬間いなくなる確率って、僕はずっと5割だと思っていて。ありがとうって思っていても、また会えるから伝えるのは今度でいいや、って思っていると人って結構すぐにいなくなっちゃったりするもの。だから僕は「また」なんてないと思って生きているんですけれど、俳優仲間で、同じように思っている人がいるんです。
またなんてないないと思っているって言い合った、その別れ際に「また明日」って言ってくれたことがあったんですね。
お互いが「またなんてない」って思っているっていう前提で、また明日って言っているっていう、その風景がすごくいいなと思って歌にしたんですよ。
目の前のものに自分の姿や心情を見出す
ーー短歌を作っていると、日常で聞き逃してしまうような言葉だったり、人の会話だったり、機微みたいなものを感じ取る、キャッチする網みたいなものができそうですね。
坂口:独特の視点みたいなものが養われてくる感じはしますね。お茶碗に残っているひと粒の米の気持ちとか、電子レンジの上に載せておいた桃の気持ち。そういったものを考えるようになるんです。
ーー涼短歌にも「ふつうというリズムについてゆけなくてとてもしずかに熟れてゆくもも」というものがありますね。
坂口:果物置き場に果物をずっと置いてるんですけど、剥いて食べてる暇もないと、どんどん桃が熟れていく。その姿が、普通っていう世界のリズム、社会のリズムに乗れていない自分と重なったんです。桃に共感したというか、桃と繋がった感じですね。
ーー桃に自分を投影したわけですね。
ーーこれはどんな歌なんでしょうか。
沈黙をきれいとおもうわたしなら輪郭なんてなくていいのに
坂口:2020年に作った歌なんですけど、コロナ禍、ずっとひとりでいたんです。ずっとひとりでいて誰とも関わらない、それを綺麗と思う、もうそれでいいやって思ってしまう自分なら、人の形を成してしてなくてもいい。私はもうどんどん人じゃなくなっていくんだろうな、溶けていっちゃうんだろうなっていうのを思って作った歌ですね。
いろんな人の手が加わったものを私達は享受しているし、本当の意味でひとりで生きていくっていうのは難しい。無理だと思うんですよね。
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