怪我でしかない嫌なことも、文章のネタになる
坂口:そういう「この自分どやさー!!!」みたいなね。やっぱ芸術って、戦争があったりとか、コロナ禍だったりとか、そういう時代にぐわって花開く感じがあるんです。なんか切ない話なんだけど、やっぱり人がどこか究極的な体験をすると、その後も長く残るようなエネルギーみたいなものが生まれるんじゃないかなって思う。
それが誰かの救いや慰めになっていると思うんです。また同じような時代が来たときに、その時代に作られた作品とか歌とか映画とかを見ることによって、あぁ、100年前の人も同じなんだなとか、そう感じられたりすることって面白いなって思うし、じゃあ自分も頑張ってみようかって思える。
ーー短歌に加え、最近ではエッセイの執筆も始められました。書くことで生まれた変化はありましたか?
坂口:エッセイを書いていると、ハプニングが起きたときに、よっしゃネタになるって思えるんですよね。普段だったら、もう本当に損しかない、怪我でしかないみたいなことが、書くことでもしかしたらみんながほっこりできるようなものになるかもしれない。どんだけあざができても、ありがとうって感じですね。すごく心の支えです。
憎しみのエピソードも、短歌にすれば愛おしく思える
ーー短歌も同じかもしれないですよね。みなさんも短歌を始めたら、例えばすごく夫にイライラしたりとか、子どもの行動にむかついたりしても、それを歌にすれば、誰かと共有できる。“情念”がこもればこもるほど面白い短歌になるって思ったら、ラッキー♪みたいに思えるかもしれません。
坂口:憎しみ系って、やっぱり、ユーモアになるんですよね。人に伝えるためには、私はこんなにしんどかったんだっていうよりは、こんなことあったんですけど、どやさ! わろていただいていいですか? みたいな方向になると思うんです。うちの夫が靴下を洗濯機に入れなくて、みたいな、そういうのが面白いものになるよね。
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