10年ぶりの夫婦二人暮らしを怖れている自分がいる

だから「とにかく寝室を分けろ」と友人たちは言う。子育て後の夫婦二人暮らしでは、パーソナルスペースの確保が肝心だと。

「別々に寝る」
「仕事の話はしない」
「友人を共有しない」
「長く話しすぎない」
「相手の予定を詮索しない」
「一人旅をしろ」

わかる。ことに私と夫はもう10年も離れて暮らしている。私は元々潔癖症気味で音や匂いに敏感だ。互いのイビキはもちろん、咀嚼音だって気になるかもしれないから、物理的にも心理的にも距離を保つことはとっても大事に違いない。一方で、

「ちゃんとセックスしなさいよ」
と真剣な顔でアドバイスしてくれた女友達もいた。
「私は日を決めて、そのために夫婦で旅行に行ったりするのよ」
と。熟年夫婦だからこそセックスは大事だというのだ。

性的な結びつきが、人間関係においてとても大切なのは確かだろう。それゆえにかつて私も、魂が壊れたのだし。でも改めて問いたい。性は幸福の絶対条件なのか? 性的感情なんてない方が、むしろ長く穏やかな関係を育むことができるのではないか。

私は、もうこの世の誰とも性的な関係を結びたくない。個人的には繁殖期を終え、性的な感情にエネルギーと時間を割かなくていい暮らしがどれほど穏やかで快適かを知ってしまった。大河ドラマで平安貴族のキスシーンを見ても「口腔ケアが十分でない時代に!」と、恋の行方よりも歯周病菌が気になってしまう。ときめきが欲しいと人は言うけれど、ときめきと性的興奮は別物だ。むしろ別にしておいた方がいい。恋と性欲は本来「混ぜるな危険」なんじゃないかと思う。

離婚をやめた夫と10年ぶりに始める二人暮らし。「寝室は別々」よりも悩ましく不安なこと【小島慶子】_img0
写真:Shutterstock

先日、夫に歯磨き用のコップを買った。置くと自然に中の水滴が流しに落ちるナイスなデザインだ。私のが青で、夫のは緑。並べて朝な夕なに眺めている。洗面所の引き出しの一つは夫のために空けてある。転居に伴って買った新しい食器が届いてから、夫の分も必要だと気づいて追加注文した。

一人用から家族用サイズにした冷蔵庫の中身はガラガラだ。いいか慶子、ここはお前だけの住居ではないのだぞ、もう一人来るんだ、もう一人来るんだ、全部自分の縄張りだと思っちゃいけない。そう日々自分に言い聞かせる。越してきた夫を、邪魔者だと思わないように。
 

 


夫が帰ってくるのを楽しみにしつつ、恐れている自分がいる。喧嘩したら(きっとする)耐えられるだろうか。離れたくなったらどうしよう。せっかく見つけたこのいい感じの部屋に、夫がいるせいで住みたくなくなったらどうしよう。うまくやっていけるのかしら。相手もそう思っているかもしれないことは考えない。実際、夫はいたって呑気に帰国を楽しみにしている様子だ。心に永遠の怒り神を抱えた妻と、二人きりで暮らすことには不安はないのか。