日常にこそきらめきを見出す。俳優・坂口涼太郎さんが、日々のあれこれを綴るエッセイ連載です。今回のエッセイは、前回の続き「オールバーイマーイセーールフッ!〈後半〉」です。海外限定で覚醒するという「野生のお涼さん」、いつも穏やかなだけにレアものです!

「ブリジット・ジョーンズに共感しすぎて俺泣いてるん?」ひとりになりたい海外ロケの身勝手の果て【坂口涼太郎エッセイ】_img0
 

私は海外に行くと、なぜかめちゃくちゃイラつく。普段は割とどんなことが起こっても「しょうがないよね、色んな人がいるよね、向き不向きがあるよね、がんば」と脳内にいるお涼菩薩が全ての物事をやんわりほんわり成仏させてくれるのだけれど、海外では人間の本来持っている野性みたいなものがぶわっと湧いてきて覚醒し、たった3日間だけど3日目には事前に勉強していなかったような単語や文法なのに相手が話しているスペイン語が理解できたりするようになるのと引き換えに、普段は深く鬱蒼とした原生林に生息している野生のお涼がぬっと人里に降りてきて、人でありしものを見かければ突進。そのまま商店街の棚という棚を全て薙ぎ倒し、お肉屋さんのコロッケからお惣菜屋さんのおからまでを食い荒らす。狼男もびっくりの理性ぶっとび、猛獣と化してしまうのです。
 

 


以前大親友と二人で1週間韓国旅行をしたときも、途中でお互い野生の人格が韓国に召喚され、ばっちばちに覚醒し、初めて喧嘩になった。なあ、なんで俺ばっかり道調べなあかんの、あんたの召し使いちゃうねんけど、いや、だってスマホの充電切れるやん、いや、俺の充電だけ減ってくねんけど、いや、どっちもが同じこと調べても意味ないしそっち切れてもこっち使えるやん、いや、俺やって充電切らせたくないし、ずっと俺が道調べてるし、何もしようとせず次どっちか聞かれ続けるのめちゃくちゃイラつくねんけど、じゃあ交互に調べることにしようや、そうしよう。

今書いているだけでもしょうもなさすぎて恥部中の恥部やけど、あの時は覚醒した状態でずっと二人で一緒にいたから、些細なことでお互い信じられへんぐらい腹が立って、広蔵市場のオモニ達を薙ぎ倒してトッポギの入った鍋を一つ残らずひっくり返す寸前やった。

もし、親友がセブチのライブに行き、野生のお涼がなまはげのようにひとりでソウルを徘徊する一日がなかったら羽田空港で絶縁していた可能性もあるのかも……。そんな危険を孕んでいるのが私にとっての海外渡航で、今回のペルーでも野生のお涼がペルーの観光地に降りてきて、仕事やというのにクルーの皆さんがわざわざ私のためにお買い物タイムを設けてくださっているのにもかかわらず、マネージャーのお福に「みんな待ってるからそろそろ行くよ」と声をかけられれば、「この人生で二度とないかもしれへんペルーでのお買い物タイムを急かさんといて! 後悔なきよう、ひとつひとつを研ぎ澄まして見てんねん! 私のことは放っておいていいので皆さんでどうぞお先にお帰りになってください!」と心の中でマネージャーお福を薙ぎ倒しながら、プカラの牛というシーサーのような置物を密輸のような勢いで買い占め、後ろ髪を引かれすぎて毛根が全滅するほどの名残惜しさを抱えながらもお買い物を終える私はなんて傲慢で身勝手で欲張りなのだろうかと落ち込む3日間であり、仕事で来ているのだから私をひとりにさせないのが皆様の仕事なのに、「私をひとりにして! ここで立ち止まらせて! ペルーの街に消えさせて!」と野生のお涼がスタッフの皆様を薙ぎ倒して失踪しそうになるのを菩薩お涼が菩薩やのに鬼の形相でぐぐぐいっと手綱を引いて、なんとか理性を保った3日間でした。

 
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