『オッペンハイマー』も『関心領域』も、戦争の被害者側は映さないことで、観たあとに本当は何が起きていたのか歴史や背景を調べたくなる、より自主的な予習復習を促す戦争映画だと言えます。観る者の想像力に委ね、内省を促す。

たとえば暗闇の中でアウシュビッツの囚人たちのために、りんごを地面のあちこちに埋めていく少女。劇中では誰なのか一切説明がないけれど、気になって調べると、レジスタンスのために戦った実在のポーランド人で当時12歳だったアレクサンドラ・ビストロン=コウォジェックがモデルだとわかりました。見つけたら即処刑、と立て看板のある立ち入り禁止区域に、自分は、彼女のように命の危険を冒して行くことができるだろうか。私は「彼女側」になれるだろうか、それとも安全な塀のこちら側で自分の生活にしか興味を持たない、ヘフ家側の人間なのだろうか――といった具合に。

オスカー受賞の話題作『関心領域』をネタバレ解説。悪意と無関心はイコールなのか_img0
「関心領域」(2023) 写真:Everett Collection/アフロ

すべての残虐な行為はかすかに聞こえてくる不穏な音でしか描かれないけれど、その音がものすごく想像力を刺激して怖い。だからこの映画は、音響のいい映画館で観ることをおすすめします。

この作品はオスカーで音響賞を獲っていますが、グレイザー監督は音響デザイナーのジョニー・バーンに「1年かけてアウシュビッツの音の専門家になって欲しい」と依頼。バーンは当時のアウシュビッツの地図や証言を読み込んだ上で、当時どんな音が彼らの耳に響いていたのかを研究。実際にアウシュビッツにまで赴き、庭と収容所の距離を測った上で、家の中からの銃声の聞こえ方までをも正確に再現したり、その季節に飛んでいる虫の羽音が何なのかを調べたりまでしたそう。そうやって緻密に作り上げた音響ライブラリーがこの作品にもたらした効果は凄まじく、音も含め、今まで観た映画の中でいちばん怖いエンドロールでした。

 


音が恐怖を刺激する、『関心領域』の世界はこちらの予告編でも体験することができます。観終わったあとだからか、この短い映像だけでももう怖い。
 

グレイザー監督は、ジャミロクワイのMV「Virtual Insanity」を撮ったことでも有名ですが、今作でもその独特な撮影方法が強い意味を持っています。家族の自然な様子を捉えるために、家の中に10個の定点カメラを設置し、撮影スタッフたちは別の場所からそれを観測。役者たちの表情はあえてあまり映されません。

この作品はふたつの層で出来ています。映像で映し出されることと、音で伝えられること。一見全く違ったものを描いているふたつを重ねることで、我々の無関心という残酷さを炙り出してくる、恐ろしい映画体験でした。

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