もう一度「恥をかいて、汗を流す」


——同人誌を作りたいと思ったときに、印刷をどうするとか、どのくらい刷って売れたら黒字になるかとか、そういったことを考えるのってすごく大変じゃないですか?

朱野:最初はわからなくてドタバタしました。でも、作家になって十数年。年齢も40代ですし、まあベテランの部類だと思います。仕事にも慣れているし、世間のことは大体わかっている。だから逆に「ベテランの安定感」が面白くないというか。恥をかいたり、汗をかいたりすることもなく、「省エネ」でもなんとなく仕事できてしまう。簡単になることで病むみたいなところも多分あると思うんです。

だから、同人誌を作ることって、そこからもう1回筋トレして、汗水をたらして、筋肉痛を感じて成長することなんだと思いました。恥をかいたり汗をかいたりすることって、苦しくて惨めなんだけど、それがなくなってしまうのも、人間が腐っていく原因なのかもなと。あえて自分の知らない言葉を使っている人たちの中に入ってみて、いろんな人に頭を下げて同人誌のいろはを教えてもらうことで、自分の鈍っていた部分、筋肉がすごく鍛えられたなと思います。

心が死んで急に書けなくなった——。小説家・朱野帰子さんが直面した「急な売れ」と、「技術同人誌」を出す理由_img0
朱野さん2冊目の同人誌『キーボードなんて何でもいいと思ってた』では、キーボードにこだわりの強い作家や編集者に自らアポを取りインタビュー。イベントではステッカーも作成。

全く知らない世界の人に教えてもらう経験をすると、最初は「知らない」ことが恥ずかしいんだけれど、いつのまにか元気になっているんですよね。作家、同人誌、そうした括りにかかわらず、もう一度「恥をかいて、汗を流す」ことは、全ての40代におすすめしたいことかもしれません。

商業出版をやっていると編集や営業、販売、その道のプロの方が面倒見てくれるから、本が売り買いされるときに、数冊運搬するだけでもどれだけの送料がかかるとか、紙代がいくらかかるかなんて意識したことがなかったんです。同人誌はいってみれば、「個人経営の小さな出版」なんだけど、自分で必死に勉強して1冊作るっていうだけで、出版業界全体に対する解像度も上がったような気がします。

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自分で一からすべてを作り上げて世に出す作業って、考えてみれば他では体験できないとても貴重な体験なのかもしれません。技術的な面で不安を感じる方もいるかもしれませんが、朱野さんが言うように、恥と汗をかいて、いろんな人に頼りながら未知の領域に挑戦するということで得られることも多そうです。

みなさんもぜひ、同人誌の世界に飛び込んでみてはいかがですか?
 

写真/小野さやか
取材・文/ヒオカ
取材・構成/金澤英恵

 

 

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