聴力の低下は、脳が小さくなることと関連


少しそれを示した研究の結果を見てみましょう。例えば、初期の認知機能が正常で、(WHO基準の)25デシベル以上の聴力障害がある人を対象とした研究(参考文献8)があります。
この研究によれば、2009〜2017年の追跡期間中に、聴力に問題のある人の認知症リスクは1.9倍まで増加することが分かりました。この研究では長期に追跡期間をとっていることから、逆の因果関係、すなわち認知症が原因で聴力に問題が起こっているという可能性は低いと考えられています。また、聴力が10デシベルずつ悪化するごとに認知症リスクが1.3倍ずつ増加することも報告されています。

テレビや音楽のボリュームをつい上げがちな人は要注意!聴力と認知症との深い関係【老年医学専門医・山田悠史】_img0
写真:Shutterstock

このように、聴力と認知症には密接な関係がありそうですが、聴力の問題がなぜ認知症に結びつくのかを説明するメカニズムはまだ完全には解明されていません。しかし、興味深い研究結果(参考文献9)があります。194人の認知機能が正常な成人(平均年齢54.5歳)を19年もの間追跡した研究では、この期間中に少なくとも2回のMRI検査を行い、脳の構造を評価しています。その結果、中年期の聴力の低下が、脳の中で記憶を司る海馬や側頭葉の容積の減少の加速と関連していることが分かりました。

 


テレビや音楽のボリュームを上げる癖に注意


こうした研究結果は、聴力の問題が単に音を聞く能力の問題だけでなく、脳の構造や機能にも影響を与え、長期的には認知症リスクの増加につながる可能性があることを示唆しています。実際、例えば聴力が低下すると会話がしづらくなることで社会的な孤立が進みやすくなり、それが認知機能の低下を加速させる可能性があります。

あるいは、耳は脳に音という信号を送るための大切なアンテナですが、そのアンテナの機能が鈍ることで、信号が送られにくくなり、ひいては脳への刺激が減少することで、それが認知機能の低下につながるのかもしれません。

このように、耳の健康を損ねることは、脳の健康を損ねることにつながる可能性があります。逆に言えば、若いうちから必要以上の騒音を聞くことを避け、耳の健康に注意を払い、適切なケアを行うことが、将来の認知症リスクを低減する有効な予防となる可能性があるのです。

ただし、今のところ補聴器を代表とする耳の聞こえ方への介入が認知機能低下の速度を変えられるかどうかは正確にはわかっていません。この分野の研究はまだ進行中であり、今後さらなる調査が必要です。

いずれにせよ、騒音が耳の健康を害し、ひいては脳の健康を害する可能性について学んできました。ついついテレビや音楽のボリュームを大きくしてしまう傾向のある人は、知らず知らずのうちに、将来の認知症を近づけている可能性があるということです。


参考文献
1.    難聴について | Hear well Enjoy life. – 快聴で人生を楽しく - | 日本耳鼻咽頭科学会 [Internet]. [cited 2024 Jul 26]. Available from:
https://www.jibika.or.jp/owned/hwel/hearingloss/
2.    Carroll YI, Eichwald J, Scinicariello F, Hoffman HJ, Deitchman S, Radke MS, et al. Vital Signs: Noise-Induced Hearing Loss Among Adults - United States 2011-2012. MMWR Morb Mortal Wkly Rep [Internet]. 2017 Feb 10 [cited 2024 Jul 26];66(5):139–44. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28182600/
3.    Eichwald J, Scinicariello F, Telfer JL, Carroll YI. Use of Personal Hearing Protection Devices at Loud Athletic or Entertainment Events Among Adults - United States, 2018. MMWR Morb Mortal Wkly Rep [Internet]. 2018 Oct 19 [cited 2024 Jul 26];67(41):1151–5. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30335738/
4.    Tittman SM, Yawn RJ, Manzoor N, Dedmon MM, Haynes DS, Rivas A. No Shortage of Decibels in Music City: Evaluation of Noise Exposure in Urban Music Venues. Laryngoscope [Internet]. 2021 Jan 1 [cited 2024 Jul 26];131(1):25–7. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32040200/
5.    Home | Occupational Safety and Health Administration [Internet]. [cited 2024 Jul 26]. Available from: https://www.osha.gov/
6.    Balatsouras DG, Tsimpiris N, Korres S, Karapantzos I, Papadimitriou N, Danielidis V. The effect of impulse noise on distortion product otoacoustic emissions. Int J Audiol [Internet]. 2005 Sep [cited 2024 Jul 26];44(9):540–9. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16238185/
7.    Livingston G, Huntley J, Sommerlad A, Ames デシベルallard C, Banerjee S, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. The Lancet [Internet]. 2020 Aug 8 [cited 2021 Sep 11];396(10248):413–46. Available from: http://www.thelancet.com/article/S0140673620303676/fulltext
8.    Chandler MJ, Parks AC, Marsiske M, Rotblatt LJ, Smith GE. Everyday Impact of Cognitive Interventions in Mild Cognitive Impairment: a Systematic Review and Meta-Analysis. Neuropsychol Rev [Internet]. 2016 Sep 1 [cited 2024 Jul 26];26(3):225–51. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27632385/
9.    Armstrong NM, An Y, Doshi J, Erus G, Ferrucci L, Davatzikos C, et al. Association of Midlife Hearing Impairment With Late-Life Temporal Lobe Volume Loss. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg [Internet]. 2019 Sep 1 [cited 2024 Jul 26];145(9):794–802. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31268512/

 

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