平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第83話 周回遅れのキャビンアテンダント①
「ご、合格!? 私、キャビンアテンダントになれるんですか……!?」
人生で一番嬉しい電話は、去年、31歳の春にかかってきた。
「おめでとうございます。あらためまして、酒井芽依さん、弊社にご入社の意志はありますか?」
涙が視界をおおう。コロナ禍でこの数年、キャビンアテンダントの採用は凍結された。この仕事は年齢の応募制限がだいぶ緩くなったとはいえ、やはり20代前半で採用されるひとが大多数。
数年間採用がないということは、アラサーの私には絶望的な状況だった。国内の会社だけでなく、世界中の航空会社で採用がない。キャビンアテンダント志望者にとってこれほど厳しい数年間はなかったと思う。
私はこの期間にとにかく英語と中国語の会話力を磨くことにした。勤めていた会社で事務を担当していたけれど、副業が認められていたので、休日にホテルでアルバイトも。試験で有利になりそうなことはなんでもやった。アラサーで合格するには相当の加点ポイントが必要だから。
そしてついに各社が募集を再開し、私は第一志望の航空会社から合格をいただいた。希望いっぱいの、再出発の春。
……そのときはまだ、1年後に「こんな気持ち」になるとは思いもよらなかった。
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