平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。


前編のあらすじ 酒井芽依(32)は、アラサーにして念願のキャビンアテンダント採用試験に合格。喜び一杯もつかの間、乗務して1年が経つが、若い同僚の仕事に対するクールな姿勢と婚活熱についていけず、疎外感も感じている。同期のひとりがパイロットと結婚したいと言うのをきいた日、芽依はスマホの削除できない写真を眺める。そこには20代の芽依と、パイロットの制服を着た男性が写っていて……?


前編はこちら「私、パイロットと結婚したい」20代CAの熱意についていけないアラサー新人CA。隠し持つ写真に写っていたのは…>>
 
 


第84話 周回遅れのキャビンアテンダント②

彼がパイロットを目指すと言い出した!?結婚を夢見ていた彼女が「落ちてほしい」と願った切ない理由_img0
 

「芽依、パイロットの訓練が終わったら結婚しよう」

彼にそう言われたとき、これは夢なのかとしばらく言葉を発することができなかった。

その言葉を長い間繰り返し夢に見てきたから。

夢のなかでパイロットの制服を着た勇人が「芽依が一番だよ」と笑って抱きしめてくれる。それはとてもご都合主義な夢だと、目覚めるたびに私は哀しくなった。それが現実になった日。

私と勇人はみっつ違いの幼馴染。県立高校まで同じ学校に通った。大学は違ったけれど私が追いかけるように上京、すぐに付き合うように。勇人のことがひそかにずっと好きだったから、嬉しくて嬉しくて、毎日がふわふわ。でも今となっては彼がどうだったのかは自信がない。地元の妹のような私が追いかけてきて、無下にできなかったのかもしれない。

幸せ過ぎる毎日は長くは続かなかった。彼が「航空大学校に行きたい。パイロットになりたいんだ」と言い出したあたりから予想外の方向に。

航空大学校? 

確かに、勇人は昔から飛行機が好きだった。その時通っていた大学も航空工学で、ゆくゆくは飛行機やその部品、エンジンのメーカーに行くと勝手に思っていた。理工学部だからとりあえず大学院に行くのだろうと。

動揺しながら根ほり葉ほりきくと、航空大学校はパイロットを養成する学校で、いくつかの要件をクリアした大学2年生以上25歳以下を対象に入試があり、合格すると大学は中退して航大に入学することになる。

狭き門ではあるが、そこに入学すれば専門訓練を受けてパイロットへの道が拓けるという。2年後にうまく航空会社に就職できれば、さらに数年の訓練を経て旅客機のパイロットになれるらしい。

大好きな彼の、大きな決断。応援しないわけにはいかない。大学を辞めて方向転換をするからには、並大抵の決意ではないはずだ。彼のご両親の顔も浮かんだ。

――訓練て何年かかるの? 航空会社に採用されなかったら? 一人前になれたとしてずっと先……結婚とか、当分できないよね? 

若かった私は、とっさに「落ちてほしい」と思った。でもその全部を飲み込んで、最愛の彼の夢を後押しすると決めた。