恋心


「東京に帰ったら、またご飯いこうよ。おっと、もうこんな時間か」

あの夜、まだ20時台だったけれど、勇人はことが済むと早々に部屋から私を追い出したがった。明日のショーアップ(集合時間)は6時だというから無理もない。仕事に対しては真剣なんだなと、むしろホッとした。夕食の間も、結局彼はアルコールを1滴も飲まなかった。

「羽田の近くのホテルはどう?」パイロットの元カレがささやく甘い罠…ヨリを戻すか、それとも…臆病になった彼女の決断とは?_img0
 

……勇人は今日のステイはどこだったのかな?

飛行機が上昇しているあいだに点灯するシートベルトサインを、恨めしい気持で見上げた。仕事中は考えないで済むはずが、じっと座っていると勇人のことが頭を離れない。

同時に美里さんのことを否応なく思い出してしまう。勇人のことを「彼氏」と、間違いなく、言った。しかも周囲も知っている雰囲気だった。

――どうしよう……。

入社以来初めて、フライト中なのに心がさまよっていく。


ターニングポイント


『お疲れさま。来月のシフト、送ってよ。ステイが一緒だったらまたご飯いこう』

あの夜、お互いに連絡先を訊かなかったのは、これきりにしたほうがいいと思っていたから。でも本当は、勇人が私の連絡先を削除していないことを期待していた。それに賭けた。

――連絡、きた……!

この期に及んでそんなことを考える自分にうんざりする。

――『ステイが一緒だったら?』 じゃあ、一緒にならない限り、会えないの?

まったくどうしてしまったんだろう。理性と感情がすっかりバラバラだ。吉田さんのいう通り、彼がパイロットだから? だから執着しているんだろうか。でも勇人には今、少なくとも美里さんという彼女がいるはずだ。私がここで割って入っていいはずがない。

――でも割って入られたのはどっち……? 勇人は私と別れたこと、後悔してるって言ってた。

だめだ、何も考えられない。私は、今月の残りのスケジュールと、出たばかりの来月のスケジュールデータをコピーして勇人に送った。メッセージをつける勇気も、図々しさも、若さもなかった。

ぐちゃぐちゃに乱れた心が、意地汚く、ヨリを戻したいと叫んでいる。

間髪を入れずに、ハートのスタンプとメッセージ。

『明日、芽依の在宅スタンバイがオレの早上がりの日とかぶってる。在宅だから制服持ってくればバレないよね! クリスタルホテルで集合すれば羽田も近いし、どう?』