平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。


これまでのはなし 酒井芽依(32)は、アラサーにして念願のキャビンアテンダント採用試験に合格。1年が経ったが、若い同僚の仕事に対するクールな姿勢と婚活熱についていけず戸惑うことも。
ある日、CAの先輩・美里が、パイロットと付き合っているといって写真を見せてくれる。そこに写っていたのは元カレの勇人だった。
じつは幼馴染にして初めてつきあった彼がパイロットになると言い出したことで、キャビンアテンダントを志望した過去がある。しかし訳あって別れた2人。苦い過去の記憶がよみがえってきて……?
 
 


第85話 周回遅れのキャビンアテンダント③

「今夜は聞かせてよ」元カレパイロットの危険な囁き…10年かけて踏ん張ってきた彼女の堤防が決壊するとき_img0
 

「心療内科の先生がそう言うのなら、仕事を辞めるしかないのかもしれないわね……。でも酒井さん、本当にいいの? CAになるのが夢だったって言ってたのに、まだ訓練も終わってない。何もかもこれからなのよ? きちんと診断書があるわけだし、何も辞めなくても。休職して、心身が回復してから考えたらどうかしら?」

人事担当の女性は、元キャビンアテンダントで、私服を着ている今もどことなくそれらしい雰囲気がある。1度でもあの仕事をしていたひとは、メイクや立ち居振る舞い、服装なんかですぐにわかる。

私のように、入社3ヵ月で倒れるような人間は、そんなことはないだろうけれども。

「ありがとうございます……でも、めまいや耳鳴りがひどくて、検査したらこの先もストレスがかかったとき同じ症状が出る可能性が高いと言われました。ほかの仕事でやり直そうと思います」

自分に言い聞かせるためにそう言ったけれど、人事担当者からきいたらこの上なく自己中心的なセリフだろうとあとから気が付いた。彼女は鼻白んだような表情になり、「まあ確かに、第2新卒扱いのうちのほうがいいかもしれないわね」とうなずく。

そこで目が覚めた。