決断
文面を2度、読んだ。
そのとき、不意に同期の吉田さんの言葉がよみがえってきた。「パイロットなら、どんなに女癖が悪くても我慢できます!」。
深呼吸。深く息を吸う。
落ち着け、落ち着け私。
――そんな馬鹿なこと、あるもんか。
フライトに欠員が出た時のために備えなくてはならない在宅スタンバイシフト中に、ルールを平気で破らせようとしている男。この業界におけるルールの重要性は分かっているはずなのに。その証拠に、自分は乗務前に時間的余裕があってもアルコールを口にしなかったし、睡眠時間をたっぷりとるために私を追い出した。私の仕事や、気持ちはまったく考えてなかった。
そして会うのはやっぱり、ホテル。
そんな男のために、また私、後悔するの? 30代も?
美里さんの顔が浮かんだ。考えないようにしていたけれど、彼女は10年前の私だ。美里さんが、口ではなにを行っても勇人を本気で好きなのは表情を見ればわかった。それなのに、私がそれを踏みにじった……。
もう、ほんの少しでも、自分を嫌いになりたくない。
20代が苦しかったのは、私が、私を見捨てたからだ……!
送ってしまったメッセージを送信取消してから、彼のアカウントをブロックした。
大人として、最低限の礼儀もない。子どもじみた、最悪な態度。……でも、常識人のふりをして、それを言い訳に、物欲しそうな顔でずっと誘いを待っていたのだとはっきりと自覚した。
もうどんな言い訳をしても、やってしまったことは変えられない。この送信取消のようにはいかない。
美里さんに謝っても、なかったことにはできないから、そのことを背負って、墓場まで持っていくしかないのだ。
そして……もう駄目な自分にいじけて仕事を手放すなんて馬鹿なこともしない。大好きなこの仕事を、最後まで大事にする。
弱い自分を、認めるんだ。そこからしか、始まらないから。
私は、携帯を持った最初の日から登録していた勇人の電話番号を、深呼吸のあとに削除した。
Fin.
次回予告
凄腕合格請負人と呼ばれる家庭教師。奇妙な家庭と契約してしまい……?
イラスト/Semo
編集/山本理沙
Comment