ついに憧れのあの方とご対面した、お涼さん


とにかく失礼のないように、そして、また会えるなんて思わないように、この1回、この1日、この1時間に私が今までどれだけ藤井さんに照らされてきたのかという気持ちを表現できるように、感謝をお伝えできるように、リスペクトを込められるように、手土産には一番おいしいと思うほうじ茶を買い、お花屋さんで藤井さんをイメージしたお花を選び、束ねていただき、どれだけでも書き連ねられるけれど「この子怖いな」と思われないぐらいの重すぎず軽すぎない文量のお手紙を書き、満を持してNHKに向かった。

 

マネージャーお福に「お涼、落ち着いて」と何度も言われるぐらい、私はたぶん居合斬りする前の侍みたいな陰影濃いめの顔をしていて、その陰影を維持したままおカーリーにお化粧を施してもらっている間、どうやって藤井さんの楽屋へご挨拶に伺おうかと何パターンものやり方を思い浮かべてトライしてみては却下し、もうわけがわからなくなっていた矢先、「失礼します」という声のあと、メイク室の蛇腹状のカーテンをジャッと開く音がしたと思えば、そこにはまさかの藤井隆様がもうすでに登場していらっしゃり、その瞬間私が想定していたどのパターンの楽屋挨拶もなだれるように崩れ落ち、私はあたふたしたまま、私が坂口涼太郎という名前をもつ生き物で、今日いまここに存在でき、あなた様とお会いできていることがほんまに嬉しくて感無量。ほんでもって心から、いや全身全霊、守護霊とか背後霊とかご先祖様ともどもに、本日とってもよろしくお願いしたい所存です、というような内容のことだけはなんとかお伝えできたかなという手応えの発話をして、藤井さんは「楽しみにしています。じゃあな」とおっしゃり、両手でカーテンをご自身の正中線に引き寄せて、ジャッとお閉めになられた。

なんてかっこいいのだろうかとぽーっとしていたら、気がつけば生放送は始まることになっていて、私は自分のコーナーが始まるまであこがれの藤井隆先輩が出演している生放送中のテレビを見ながら、まもなく自分もこの枠の中に収まって、テレビの中に登場するのだということが不思議すぎて、果たしていまここにいる自分とテレビの中に登場する自分は同一人物なのか、別人なんじゃないか、ていうか別人と言ってもいいんじゃないか。テレビの中にいる私とテレビを見る私は全然同じじゃないな、でもそれでいいんだよな、私はテレビ用の坂口涼太郎役を演じている坂口涼太郎なんやな、お芝居と一緒で結局はその人の生き様が全部出る世界なんやな、と改めてものすごい場所だということを認識し、それを享受してきた私が、団地ではしゃいでいた私が、いまから覚悟をもって挑まずしてどうするねん、今までテレビが教えてくれた全部を出さずしてどうするねん。「坂口さんまもなくでーす」、いったろ、いったろやないか、「スタンバイお願いしまーす」、いける、いけるでおれは、「3、2、1、どうぞ!」。

生放送が終わり、大吉さんがごはんに誘ってくれた。

〈後編に続く……!〉


<INFORMATION>
木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』

「やれること全部を集約して挑まなあかん日」テレビっ子の私がついに憧れの方と同じ画面に映ることになった日のこと【坂口涼太郎エッセイ】_img0
 

木ノ下歌舞伎『三人吉三』9年ぶりの再演! 2014年初演、2015年の再演(芸劇eyes)では読売演劇大賞2015年上半期作品賞部門のベスト5に選出された代表作が、タイトルを『三人吉三廓初買』に改め、新たな顔ぶれで大舞台に登場します。
数奇な運命に翻弄される若者たち――和尚、お坊、お嬢の“三人吉三”と、現行歌舞伎ではカットされている“商人と花魁の恋”がダイナミックに交錯する鮮烈な群像劇。「当今のシェイクスピヤ(我が国のシェイクスピア)」(©坪内逍遥)とも評された歌舞伎作者のレジェンド・河竹黙阿弥による最高傑作の、いまや幻となったオリジナル版の全貌を見られるのはこのキノカブ版のみです。
幕末の動乱期に執筆され、今もなお愛されつづける物語が、同じく変化と激動の現代(いま)を撃つ――これぞ、木ノ下歌舞伎による『三人吉三』の決定版!

【全国ツアー】
★[三重公演] 
2024年10月13日(日)
三重県文化会館 中ホール
★[兵庫公演] 
2024年10月19日(土)・20日(日)
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
 


文・スタイリング/坂口涼太郎
撮影/田上浩一
ヘア&メイク/齊藤琴絵
協力/ヒオカ
構成/坂口彩
 

「やれること全部を集約して挑まなあかん日」テレビっ子の私がついに憧れの方と同じ画面に映ることになった日のこと【坂口涼太郎エッセイ】_img1
 

前回記事「「言ってることとやってることちゃうやん」テレビっ子の私を、画面の中で発光し照らしてきた方々のこと【坂口涼太郎エッセイ】」>>

 
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