日本で社会人になってからは、不便なこともあった。牛肉を食べないことを説明すると、先輩や上司に不可解な顔をされたり、外で食べ物に困ったりしたこともある。焼肉屋さんで番組の打ち上げをするような時は豚トロと鳥焼きで凌いだ。その頃には最早、牛肉のニオイも苦手になっていたので、決め事を改めようとか、食べたいと思うこともなかった。

それが変わったのが、組織を離れ、30代後半でフリーランスになってからだ。独立して働くのには、思った以上のエネルギーと持続力が必要だった。仕事はすべて自分の責任で、自分で考えて、決断して、行動して、ゼロから百までを完遂しなくてはならない。組織で仕事をするのとは違って、人に代わってもらうこともできない。また、ひとつの現場で全力を注ぎ込んだ後、疲れを見せず、別現場で再び全力を注ぎ込める状態でなくてはならないことも。時には交渉も自分でしなくてはいけないし、殻に篭らず人付き合いも必要だし、頻繁に自分で自分を鼓舞しなくてはならなかった。そして、この連載でも言及したように、嫌なこともたくさんあったため、それを跳ね除けて、前に歩み続けるパワーが必要だった。

25年食べていなかった牛肉を解禁したら...「な、なんじゃこりゃ!」50代の今、お肉は欠かせないエネルギー源【住吉美紀】_img0
四半世紀ぶりにいただいた焼肉。

40歳になった頃、エネルギー不足を感じた。1日の疲れが翌日に残ることが増えた。力が湧かないのは歳かしら、この先仕事がんばれるかしらと悩んだ。
そんなある日、野田秀樹さん主宰のNODA・MAPの舞台を拝見した。主役は宮沢りえさん。宮沢りえさんは同い年で、実は誕生日も私とたった一日違い。昔から、勝手にシンパシーを感じて、活躍を観ていた。

 

この時のNODA・MAPも、いつもながら素晴らしい作品だった。ただ、俳優さんには莫大なセリフ量と、強烈な運動量が課される、心身ともにハードそうなお芝居だった。これを数週間、連日上演するなんて。しかも、ただこなせばいいわけではなく、人を感動させるところまで、自分の舞台上の熱量を高めていかねばならないのだ。信じられないくらいすごい、と思った。

終演後、楽屋挨拶に伺った。宮沢りえさんには仕事で一度お会いしたことがあったので、素晴らしかったですとお伝えしよう、と近づいた。宮沢さんはちょうど廊下でお友達と話をされていて、「ハードだね、一体どうやって乗り切っているの?」と質問されていた。それに対して宮沢さんが「肉。毎日、お肉食べてる。この後も、お肉!」と答えたのが、たまたま聞こえてきた。

そうだったのか、と思った。確かに、歳を重ねてもパワフルに活躍されている方は、牛肉を食べている方が多いかも。そういえば、瀬戸内寂聴さんも、日野原重明さんも、90歳、100歳と活躍される方は、お肉がお好きだったっけ。お肉を食べれば、宮沢さんと同じとまでは行かなくても、今よりも力が湧いてくるかもしれない。いよいよ来たか、肉を再開する時が。

しかし、25年食べていなかったのだ。正直、食べると考えただけでドキドキする。もし気持ちが悪くなったらどうしよう。しかし、背に腹は代えられぬ。決めたのだから食べてみて、自分がどうなるか実験してみると、心に決めた。