「被害に気を付ける」よう喚起するポスターばかり
レイプ「しないよう」教えられるのではなく、レイプ「されない」よう教える文化を「レイプ・カルチャー」と呼ぶそうですが、日本ではまさに過剰なレイプカルチャーが浸透しているように思います。
痴漢や盗撮の問題でも議論になりますが、被害に気を付けるよう喚起するポスターばかりで、過剰に自衛を促す風潮は、「自衛しなかった方が悪い」というVictim Blaming(被害者非難)に繋がりかねません。自衛を促すものよりも、加害しないよう喚起するポスターを貼るべきではないか、という声は度々上がります。
実際、性犯罪においては、被害者に「自衛しなかった方が悪い」というセカンドレイプ発言が向けられやすいのが現実です。痴漢に遭ったりしたら、「フラフラ歩いていたんじゃないか」、レイプされたら「隙があったんじゃないか」「自分から誘う素振りがあったんじゃないか」「ついていったのが悪いんじゃないか」「本気で抵抗しなかったから受け入れていると思われたんじゃないか」といったことが平気で言われるのです。例えば、これが傷害事件や強盗事件などだったら、「自分から誘ったんじゃないか」「お金を持っていたから襲われたんじゃないか」とは言われないと思います。
なぜ男女だと「家に上がる=性的同意」になるのか
今回の議論で、中には「何もするつもりがないのに家に上がるほうがおかしい」「襲われてもいいと思う人だけ男性の部屋に上がるべきだ」「男女が密室でやることなんてひとつだ」「その気がないならカフェでいいじゃん」という意見もありました。長い間、こういった考え方は極端なものではなく、むしろ普通のものとして認識されてきたのではないでしょうか。
でも、よく考えたら、これって相当異常な考えだと思うのです。例えば、男性同士の場合、男友達の家に遊びに行ったら、性行為をすることに同意したことになるのでしょうか? そんなわけない、と思う人が大半だと思うのですが、なぜそれが男女だと「家に上がる=性的同意」になるのでしょうか。
どちらかが動画配信サービスに登録しているから家で一緒に観るとか、一緒に料理する・お菓子を作るとか、ゲームをするとか、家具の組み立てを手伝ってもらうとか、家ですることなんて他にいくらでもあるはずです。また、筆者の場合、仕事で使うものを男性の知り合いに借りに行った際、カフェに持ってきてもらう手はずだったのですが、家に忘れたから取りに来てほしいと言われ、家までいったことがあります。それで性的同意だととられたら、たまったものではありません。
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