『やっぱりこの男とはウマが合うな』と思った
——スーさんは31歳の頃に大失恋を経験して、そのお相手と約20年振りに再開して復縁することになったんですよね。
スー「そうです。再会したときに、『やっぱりこの男とはウマが合うな』と思って、すごく後悔したんですよ。恋愛感情に振り回されていたせいで、こんなにも気の合う友だちを失っていいのか……と。色恋さえなければ友だちとして繫がり続けていたかもしれないのに、もったいないことをしたと思いました」
大草「最初に付き合っていた頃と、今のセカンドシーズンは違うものですか?」
スー「全然、違いますね。当時は私が20代で、8歳上の相手がすごく大人に見えました。『自分は彼に見合っていないんじゃないか? 彼にはもっと合う人がいるんじゃないか?』と、自分に自信がないからこそ生じる不安に振り回されていて。彼も自分を大きく見せるためにかっこつけていたし、弱音を吐くこともなかったんです。でも今は私も大人になったから、相手の反応を気にせず言いたいことを言えるようになったし、彼も素直に自分の気持ちを語るようになった。そこはすごく良い変化ですね」
大草「きっと1回離れたからこそ、今の関係性が築けているんだよね」
スー「そう思います。たぶん彼と別れていなかったら転職してジェーン・スーというペンネームで活動を始めることもなかったと思うし、彼と別れた後に経験した恋愛も私の財産になっているから、結果オーライですね」
大草「すごくいい話。素敵な大人の女性の物語ですよね」
私も大草さんも、そんなに理屈に沿って生きていない
スー「でもね、私は自分のことを信用してないよ。自分にとってベストな人間が目の前にいたとしても、『その人と一緒にやっていくために最大限の努力を惜しまないか?』と言われたら、そんなに立派な人間じゃないから。相手に呆れられちゃうようなことをする可能性だってあるし。それこそ突然現れた変な人に惑わされてしまうような衝動も持っているから。今の愛がゴールじゃない。安泰の場所に辿り着いたとは思っていないね」
——いろんな場所で女性たちに伝えてきた「自分の欲望をなめるな」という言葉を、ご自身にも言い聞かせているわけですね。
スー「自分が自分の期待通りに動いた試しがないからね」
大草「その達観した姿勢は経験値が豊富な証拠だよね。きちんと仕事して、きちんと恋愛して、きちんと生きてきたということだよね」
スー「そうです。自分なりに全部と向き合ってきました。本当にこの年齢になって思うのは、結局、20代の頃は規定のルールに縛られていたんですよ。“好き”という感情は一種類しかなくて、パートナー以外の人にキュンとする感情は正しくないとか、規定のルールに自分の気持ちを当てはめていたんですね。でも今は、『すべての気持ちに名前がついていると思うなよ?』という感覚で。人間には分かりやすい箱に収められない感情があるんですよね。愛情のベクトルが違う人が目の前に複数人現れる可能性もあるし、そのときに『どっちのことを愛している?』なんて聞くのは愚問なんだよ」
大草「たしかに、名前をつけにくい感情がありますよね。私も離婚した理由を人に聞かれて困ってしまうことが多々あります。『え、仲が良かったのにどうして?』、『素敵な旦那さんだったのに』と言われても、相手が納得するような分かりやすい理由を答えられないんですよ」
スー「人間ってそんなキレイに感情を整理できるほど優秀な生き物じゃないよ。あと、私は『愛情なんてくれてやれ』って思ってるんですよ。自分が与えた愛情を回収しようとしたり、回収できないことに対して不満を述べている暇があるなら、もっともっと蛇口を捻って愛情を放出しちゃいなよと思う。昔は回収できない愛情を注ぐことを無駄だと思っていたけれど、ここまで体幹がどっしりしちゃうと、流しっぱなしでOKになっちゃうんだよね(笑)」
——その境地に到達するコツみたいなものはあるのでしょうか?
スー「自分が好きな気持ちに対してどれだけ正直にいられるか、ということですよ。見返りを求めたり、傷つく可能性を考えずに、自分がしたいと思ったことをちゃんとやるということかな」
大草「さっきスーさんはパートナーと全力で殴り合うと言っていたけど、どういうことなの?」
スー「言葉を返すスピードや強い圧で相手を萎縮させないように気を遣う必要がほとんどないってこと。今のパートナーは全力でぶつかってもビクともしないので、それはすごい楽です。だから私たちの会話は客観的に見たらまあまあシビアな言い合いをしているように見えると思う(笑)」
大草「ははは(笑)。スーさんは私のことを『臭い物に蓋をしない人』と言ってくれたけど、その言葉はスーさんにも当てはまる気がします。だから気が合うのかな」
スー「だって『自分のことを大切にしてくれる人がいるなら、他の人を好きになっていいわけがない』という正論を頭で理解できたとして、衝動や欲望を完璧に制御できるとは限らないでしょう。欲望って理屈で押さえつけられるようなものじゃないから。欲望を舐めていると、不具合が起こったときに大バーストしてしまう。大草さんも私も、想定通り、期待通り、理想通りには生きていけない自分がひょっこり出てくる可能性を否定していないだけだと思う。それが『臭いもの』ってこと。自分の中のよく分からない気持ちに対して、見ないフリをするのではなく、向き合い続けて行くことが大事なのかなと思っています」
大草「スーさんって本当に面白いよね。私自身も自分の中でモヤモヤしていた感情を整理できた気がします。すべての言葉を見出しにしたいくらい、たくさんの気づきを与えてくれる人です」
スー「いやいや、太字ばかりで読みにくい記事になっちゃうよ(笑)」
『見て触って向き合って 自分らしく着る 生きる』
著・大草直子
1650円(税込)
マガジンハウス
ファッションエディター、スタイリストとして幅広く活躍する大草直子さんの新刊エッセイ。年齢を重ねファッションや美容の考え方が変わるなかで、「引いたり、足したり」を軸に自分との向き合い方を説く。ファッション、スキンケア・下着選び・メイク・スカルプケアを見直すなど、大草さんが日々実践している大人のTIPS集。
『過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書』
著・ジェーン・スー、桜林直子
1650円(税込)
マガジンハウス
桜林直子(通称・サクちゃん)とコラムニスト、ジェーン・スーの雑談を繰り広げるTBS Podcast番組「となりの雑談」のエッセンスをギュッと凝縮。二人の掛け合いパートに、それぞれが書き下ろしを加えた読み応えのある一冊が完成。二人が時間をかけてじっくり丁寧に言葉を交わして見えてきた「生きるヒント」は、人生がうまくいってる人、いってない人、双方の琴線に触れること間違いなし。
撮影/水野昭子
ヘア&メイク/藤原リカ氏(ジェーン・スーさん・Three PEACE)
取材・文/浅原 聡
第1回【大草直子×ジェーン・スー対談】「私には男女の愛が大切だった」。真摯に愛と向き合った大草さんが離婚を選んだ理由」>>
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