慕われるおじさんに共通するマインド


話を戻して、友人が言った「おじさんの美学」ってなんだろう、と考えてみたんです。

筆者はお笑いコンビ「中川家」の大ファンなのですが、彼らは無意識におじさんの美学を体現しているように思います。

中川家といえば、お笑い界の大スター。老若男女問わずにファンのいる人気者です。でも、彼らのラジオを聴いていると、「俺らみたいなおじさんとご飯行っても若い人はつまらんやろ」的な主旨の発言をよくするんですよね。

あれだけ知名度も地位も人気もあるのに、「今の若い人らなんて俺らのこと好きな人おらんでしょ」みたいなこともよく口にする。それは自虐とかじゃなくて、本当にそう思っているんだろうな、と思うような口ぶりなんです。

「おじさんになったら美学が必要」友人の発言から考えた年下から慕われるミドルエイジの条件とは_img0
 

これが友人の言う「謙虚さ」というものなのかもしれません。人気者なのにそういうスタンスだから、「そんなことないですよ!!!!」と言いたくなるというか。

もう一人、美学を感じる発言をされた芸能人が。大人気俳優の大倉孝二さんをインタビューしたときに、カーテンコールが苦手な理由として、「こんなただのおっさん見てもしょうがないだろってどっかで思っちゃう」(素の状態で人前に出るのが苦手、『アンナチュラル』『MIU404』に続き『ラストマイル』に出演する人気俳優・大倉孝二の素顔)とおっしゃっていたのが印象的に残っています。とてつもない人気者なのに、そういったスタンスでいらっしゃるのを見ると、え? なんでそんな人気者なのに? 何をおっしゃっているの?! と言いたくなってしまう。

 

でも、そう思わせる言動、姿勢こそが「おじさんの美学」なのかな、と思ったんです。自分をすごく客観視しているというか、メタ認知している。それができるのって、一種の才能だと思います。

後編では、年齢差があっても友情が成立する条件について深掘りします。


写真:shutterstock
文・構成/ヒオカ

 

「おじさんになったら美学が必要」友人の発言から考えた年下から慕われるミドルエイジの条件とは_img1
 

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