突然の窮地


――スマホを忘れてきたことが、相当、痛い……。

私は自分のうっかり具合を責め始めていた。

ゴールドとホワイトのかわいいオーナメントが、ずっしりと重く感じられる。手袋をしていてよかった。これがなかったらビニールを持つ手が凍傷になっていただろう。

スマホがあればタクシーも呼べるのに。どうしても困ったら、誰かに連絡をとることができるはず。

でも誰に?

……友達がいない。どこにもいない。

「えーん」

声に出してそう言ってみたら、ほぼ同時に涙がぽろっとこぼれてびっくりした。

さみしい、さみしい。大人なのに、いい年して、痛切に。

マルチに宗教、保険にエステモニター…孤独な転勤妻に忍び寄る「お友達ビジネス」の闇_img0
 

その時、背後から車の音が近づいてきて、あ、と思うと同時に真横に止まった。タクシーじゃない。見覚えのあるオレンジ色の軽。

「亜紀ちゃん! ばっかじゃないの、こんな天気に歩いて! どこ行く気? 北海道なめんな、下手したら死ぬんだよ!?」

「り、理絵ちゃん……」

虚勢も忘れていた。ダサいほど声が震えていたのは寒さのせいだけじゃない。

「なんで……? 理絵ちゃんも帰るとこ?」

あの恐怖の「ランチ会」から、気まずくて話すこともLINEを送りあうこともなかった。私が傷ついたことを、多分、彼女は察していた。そういう勘の良さと、優しさが彼女にはあった。

――私があの日傷ついたのは、理絵ちゃんが好きだったから。友達が誘ってくれたことが嬉しかったから、余計に悲しかったんだ。

「ホームセンターで亜紀ちゃん見かけて。私、なんて謝ろうかとかぐるぐるして物陰から見てたら、お買い物、終わって出て行っちゃって……。ただ駐車場と反対に行ったのが見えて気になって。まさかと思いながら車で国道走ってたら、いるんだもん。こんな天気に、ばっかじゃないの、もう!」

「雪が降ると思わなかったのよ!歩いて3、40分だし、一人で家にいるのが嫌だったから」

「……もう。そういう時は、電話してよ。お鍋買わなくたっていいの。そんなに傷つけるなんて思わなかった。ごめん。だますみたいになっちゃって、本当にごめんなさい。軽い気持ちだったの。お鍋のこともあったけど、知り合いが増えたら亜紀ちゃんもここが好きになるかなと思って。みんなちゃっかりしてるとこもあるけど、楽しいひとたちなんだよ」

私はのどの奥に何かがこみあげてきて、それを一拍おいてから、そっとため息に乗せて吐き出した。

「……車、乗せてくれる? 実は、寒くて心細くて、すごいピンチだった」

「もちろん! はやく、はやく! タオルもあるよ。荷物、トランクに放り込んで!」

理絵ちゃんは俄然元気になって、ぶんぶん手招きをする。

私は、柔らかくランプが灯る温かい車内に、身を滑り込ませた。

もう、吹雪の音はちっとも怖くない。友達がにっこり笑うと、車は力強く走り出した。

次回予告
妻が不倫している、と噂を耳にした夫は……?

 
小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

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