妻が伝えた素直な思い
「簡単に言えば、頼られたことだったんじゃないかと思うんです。私も考える余裕がなくて、事件のあとは夫に泣き言をいったり、単純に恐怖から抱きしめてもらったりすることも。怖くて、でも婦人会の誰にも言えないですし、夫が頼りでした。そういう切実に『あなたが必要だ』というサインが伝わったんだと思います。
思えば、夫がねじれてしまったのは職場で居場所がないとか、夢に描いた駐在員生活の現実に直面してフラストレーションが溜まったとかそういうことが理由なのかなと。そんなときにあなたが必要だという私のサインはストレートに刺さったのかもしれません」
夫婦仲について取材をすると、そこまでこじれるのか、と驚くこともあります。それと同時に、そんなことがきっかけで好転するのか、と思うケースも。今回幸子さんの身に起きたことはとても恐ろしいことですが、結果的にこじれた夫婦仲に変化を与えました。核になったのは夫の自尊心と自信の回復だったのかもしれません。
その後、大ごとになる前に洋治さんが生活を改め、無事に任期を全うしたそう。彼も駐在生活に慣れてきて、狭い社会ですぐに噂になること、大きな危険やダークな世界が身近にあることを学んだことも大きいかもしれません。
不正経理で強制帰国、現地の愛人が会社に乗り込んできて強制帰国、というケースは過去に起こったことがあり、そのたびに数年は噂になるというのですから、それを知って自戒したのでしょう。
「もう駐在はこりごり。閉ざされた特殊な環境では、お互いの嫌なところがクローズアップされがちですよね」
そう苦笑する幸子さん。とはいえ、今ではいいことも悪いことも、夫婦の歴史のひとつだと考えているようでした。まさに雨降って地固まるというわけです。
お互いが必要だということを伝えることは、夫婦関係をよくする秘訣なのだと改めて感じるお話でした。
そう遠からず、また駐在の可能性があるという洋治さんと幸子さん。バージョンアップしたご夫妻の、次のお話を聞くのを楽しみにしています。
写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
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